その稲田氏が安倍氏が反対する選択的夫婦別姓やLGBT法案への賛成に転じたことは、高市氏にも想定外の出来事だっただろう。稲田氏は安倍氏の寵愛に自信を深め、「初の女性首相」を目指してジェンダー問題に踏み込んでも容認してもらえると判断したのかもしれない。けれども、稲田氏の「裏切り」を安倍氏は許さなかった。稲田氏を露骨に遠ざけるようになり、入れ替わるようにして高市氏を持ち上げ始めたのである。高市氏についに出番が回ってきたのだ。

「二番手」からの卒業、保守のプリンセスに…

安倍氏が前回2021年の総裁選で担いだのは、無派閥の高市氏だった。安倍氏の後継を争う萩生田光一氏ら安倍派5人衆には不満が広がったが、安倍氏はお構いなしだった。右派メディアや安倍支持層は高市氏を「安倍後継者」と認め、絶賛しはじめた。

総裁選に勝利した岸田文雄首相も、岸田政権の生みの親である麻生太郎副総裁も、高市氏の後ろ盾である安倍氏に配慮し、高市氏を厚遇した。高市氏は初の女性首相候補の最右翼に躍り出たのである。稲田氏の存在はすっかり薄れた。

稲田氏の凋落と高市氏の飛躍――。高市は、安倍氏や安倍支持層を絶対に裏切ってはならないと肝に銘じたに違いない。その信念は安倍氏が2022年の銃撃事件で急逝しても揺るがなかった。5人衆ら安倍派の面々が新たな庇護者を求めて岸田首相や麻生副総裁、菅義偉前首相らになびくなか、高市氏は安倍氏が掲げた憲法改正、靖国参拝、選択的夫婦別姓への反対など右寄り政策を堅持し、アベノミクスの継続も訴え、右派メディアや安倍支持層から絶大な支持を得るに至ったのである。

2023年12月21日、首相官邸で開催された内閣府AI戦略会議に出席する高市氏
2023年12月21日、首相官邸で開催された内閣府AI戦略会議に出席する高市氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

後ろ盾を失うも「裏金事件」で再浮上

だが、安倍氏の他界で高市氏には逆風が吹きつけた。5人衆は露骨に高市氏を遠ざけるようになり、安倍派の中堅若手が高市氏の勉強会に参加することを制した。

高市氏は今回の総裁選出馬に早くから意欲を示してきたが、推薦人20人の確保もままならない危機に陥ったのである。5人衆の目を気にせず高市氏のもとへ馳せ参じるのは人権侵犯で批判される杉田水脈氏ら一部に限られ、安倍派の大勢は高市氏に近づこうとしなかった。

安倍派の裏金事件で5人衆が失脚して重しがとれ、右寄り政策に共鳴する安倍派の中堅若手の一部が高市氏支持に回ったことで、高市氏は何とか推薦人20人を確保することができたが、それでも党内は泡沫扱いしていたのである。

高市氏の推薦人20人のうち、安倍派が14人。裏金議員は13人。他陣営が裏金議員をできるだけ推薦人から外すなか、高市氏は裏金議員か否かを仕分けする余裕はなかった。総裁レースに参加できるか土俵際に立っていたのだ。