カスハラに作用する「抑圧移譲」の原理
【水林】福沢諭吉に深く学んだ丸山眞男は「抑圧移譲」という表現を使っていますが、日本社会では組織のトップだけが抑圧者なのではなく、ある人物が上位者から抑圧を受けると、その抑圧を自分よりも下位の人間に仕向けていく(移譲する)のです。
そして、「抑圧移譲」が集中的かつ極限的な形で現れたのが、戦前の日本軍=皇軍でした。五味川純平の『人間の條件』(岩波現代文庫)で描かれているように、下級の兵士は古参兵から徹底的にいじめを受けるわけですが、アジア諸国の人々に対して目を覆うような残虐行為を直接的に働いたのは、他ならぬ下級兵士だったわけです。つまり、日常的に抑圧を受けている人間が、立場が変わったとたんに抑圧する人間に化けてしまうのです。
いま問題になっているカスタマー・ハラスメントには、まさに「抑圧移譲」の原理が作用していると思います。自分の職業現場では上位者からいじめを受けている人間が、客という立場になったとたん、店員に暴言を吐くようになる。なぜなら、日本では「お客様は神様」ですから、小売店の店内では絶対的な上位者=「えらい」人なわけです。