殿様のような管理職が、重役の前では前かがみに…

【水林】政治学者の丸山眞男は、戦前の日本の軍隊=皇軍では、人間の地位が「天皇との距離」によって測られていたと述べていますが、日本社会の絶対的な上位者は天皇であって、これは常に変わることがありません。ところが天皇以下の人間の上下関係は、必ずしも固定的ではないのです。

日本社会では、客観的かつ固定的な形で人間の上下関係が決まっているのではなく、社会関係によって上になったり下になったりする。たとえば作家の山本七平は、『一下級将校の見た帝国陸軍』(文春文庫)という本の中で、山本の家に出入りしていた腰の低い酒屋の店員が、徴兵検査会場で新兵の検査をする立場になったとたん、恐ろしく傲慢な人間に豹変するのを目撃したと述べています(p.246)。

ぼく自身、学生時代に某大商社で通訳のアルバイトをした経験があるのですが、あるフロアでは殿様のように振る舞っている管理職が、重役のいる最上階に行ったとたんにかしこまってしまって、言葉使いがガラっと変わるだけでなく、姿勢=身のこなしまで前屈みになるのを目にしました。こうした現象――相手によって言語および身体的作法が著しく変化するという現象――はフランスでは見たことがありません。