※本稿は、手嶋龍一・瀬下政行『公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
宇宙基地でのプーチン・金正恩会談
【手嶋】現在でも北朝鮮とロシアの密やかな接近は、この「三角地帯」(※)にまず映し出されることになりました。巨大な地殻変動を窺わせる微動地震は、今回もまた、日本海を挟んだ「三角地帯」に微かな露頭を覗かせたのでした。
※「三角地帯」とは、北朝鮮、ロシア、中国の国境が入り組んで接する地域を指す。
【瀬下】北朝鮮を率いる金正恩総書記が専用列車を仕立てて朝露の国境を隔てる豆満江を渡りました。2023年9月のことです。専用列車はそのまま極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地に向かいます。金正恩氏は、ここでロシアのプーチン大統領との会談に臨んだのです。もちろん、両者の密かな予備折衝はそれ以前にあったはずです。
【手嶋】ロシアが誇る代表的な宇宙基地に金正恩総書記を迎えて、プーチン大統領は誇らしげでした。ここを会談の舞台として設えたことには、重要なメッセージが籠められていると思います。露朝首脳の接近劇は、言うまでもなく、前年のロシアのウクライナ侵攻がきっかけとなりました。プーチンのロシアは、ウクライナの戦域を挟んで、その背後に控える西側陣営の盟主アメリカと対峙しています。クレムリンにとっては、アメリカの力を殺ぐためにも“北東アジアのトリックスター”である北朝鮮をぐんと味方に引きつけたいと考えたのでしょう。超大国アメリカの軍事力を朝鮮有事に備えて振り向けさせ、同時に北朝鮮から武器を調達できれば、文字通り一石二鳥です。そのためにも応分のお土産は用意したのでしょう。
会談の2カ月後、北朝鮮はロケットの打ち上げに成功
【瀬下】プーチン大統領は、同行した記者団から「北朝鮮の衛星開発を支援するのか」と尋ねられ、「そのために我々はここに来た。金正恩委員長(国務委員長)はロケット技術に強い関心を示している」と応じました。この首脳会談の背景に、北朝鮮の衛星開発に対するロシアの支援があることを強く窺わせる発言でした。
【手嶋】プーチン大統領は、この発言をアメリカや欧州の主要国に聞かせようとしたのだと思います。プーチンは無駄なことは一切しない人ですから。
【瀬下】北朝鮮は、この年の5月と8月に軍事偵察衛星の打ち上げを試みましたが、いずれも運搬ロケットの不調が原因で失敗していました。金正恩総書記は、本来4月の打ち上げを指示していましたが、期限までに打ち上げることができず、その後も2回続けて失敗した訳で、深刻な技術的問題を抱えていたと見られました。ところが、宇宙基地でのプーチン、金正恩会談のわずか2カ月後の11月、北朝鮮はロケットの打ち上げに成功し、衛星を軌道に乗せたのです。
【手嶋】8月の失敗からわずか3カ月で技術上の問題を克服したとすれば、その間に何があったのか。やはり、プーチンと金正恩の首脳会談で、ロシア側からかなり踏み込んだ技術上の助言と支援がなされたと見るべきでしょう。