ウソを見抜くにはどうすればいいのか。小説家の真山仁さんは「ウソを見抜けるようになるには、たくさん騙されるしかない。アガサ・クリスティー作品のような良質なミステリー小説は、騙される訓練としてうってつけだ」という――。

※本稿は、真山仁『疑う力』(文春新書)の一部を再編集したものです。

本で勉強
写真=iStock.com/Kriangsak Koopattanakij
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「良質なミステリー小説」が最高の教科書と言える

小説、とりわけミステリーを読むことを薦めているのには、別の大きな理由もあります。それは、日本人が文章を肯定的に読み、受け止めることに対する警鐘です。

たとえば、「台湾有事が深刻だから、日本は防衛の備えが必要だ」という記事があったとします。読んだ人は、「大変だ!」「日本の安全保障はどうなるのか」「アメリカはどう考えているのか」などと反応する。

一歩引いて、「それって本当?」「日本は中国とそれほど仲が悪かったっけ?」という問いを持つ人は、ほとんどいません。中国と仲が悪いのはアメリカで、日本は関係ないんじゃないのという疑問を誰も持たない。中国が敵であるという認識を前提にして、話が進んでいってしまいます。

そもそも、戦争が正しいはずはない。ちょっと待てよ、と考えられるようになるためには、筆者が読者に植え付けようとしているイメージ、つまり先入観を見抜く必要があります。そのための訓練の一つが、クリスティー作品のような良質のミステリーを読むことです。

嘘や先入観に対して「ちょっと待てよ」「何かがおかしい」といったん立ち止まって違和感を持てるようになるためには、騙されて、痛い目に遭うという経験が必要です。

とはいえ、実際の人生でひどく騙されてしまうと、二度と立ち上がれないほど心を傷つけられるかもしれません。それを安全な場所にいながら疑似体験できるのがミステリーなのです。

ウソが上手な人は99%の真実に1%のウソを混ぜる

嘘をつく時は、99%は真実を言った方が、人を騙すことができます。

たとえば、「昨日どうしていたの?」と聞かれて「日比谷で映画を見て、その後日比谷公園を散歩したよ。夕飯は銀座でイタリアンを食べた」と全て真実を話し、「誰と行ったのか」だけ嘘をつく。そうすると、百回聞かれても、間違えずに同じように答えられます。

嘘をつくのが下手な人は、全部を作り話にしてしまうので、どこかでボロが出る。「あれ、さっきと話が違うけど」と突っ込まれてしまいます。

警察が容疑者を取り調べる際に何度も繰り返し同じ話をさせるのは、繰り返す中で嘘がバレることを知っているからです。

だから、本当に徹底的に騙し通したいときには、大事な一カ所だけで嘘をつくのが正解です。こんなことを教えるのもどうかと思いますが(笑)。

クリスティーは、「あなたはきっとこの人を疑うでしょうね」と、読者の思考を想定しながら話を進めていきます。(編注:ここでは『葬儀を終えて』(ハヤカワ・クリスティー文庫)を題材にしています)

読者は「もしかして、私、作家の意図がわかったかもしれない」などと、ほくそ笑む。その時点で、完全に罠にはまっている。

そして、嘘のオンパレードが続きます。