騙される経験を小説で積む

情報には意図がある。「正しさ」をさりげなく押し付けてくる。その結果、知らない間に「NO」と言えない構図が出来上がってしまいます。

これが正義だ、これが正しい、あるいは犯人だと言われてしまうと、そうかなと思ってしまう。

しかし、そこで強い流れに巻き込まれずに、必死に足を踏ん張ってほしい。

クリスティー作品を読んで何度も騙されているうちに、「この人が嘘をつきそうだ」というのも分かるようになります。

どういうシチュエーションで嘘がつかれるのか、どういうタイプの人がどういう時に嘘をつくのかが、見えてくる。そうすると、実生活でも、「このタイプには気をつけよう」「こういうシチュエーションでの発言は要注意」と思えるようになります。

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写真=iStock.com/Kobus Louw
※写真はイメージです

以前、勉強会で、嘘を見抜けるようになるためにミステリーを読みましょうという話をしたとき、参加していた学生がこう言ってきました。

「真山さんは人が信じることを信じないひねくれものだから、なんでも疑えるんです。普通は無理です」

だけど、嘘を見抜くことや前提を疑うことが特殊な人にしかできない才能のようなものならば、騙されやすい人たちは一生騙されたままです。

そんなことがあってはいけない。ぜひ、訓練してほしいと思います。

決して難しくはありません。素振りのようなものです。たくさんひどい目に遭うと、もうだまされたくないと決意します。経験値が上がると、いつもならすぐに飛びつく情報を一歩下がって見ることができたり、恋愛で一気に熱が上がりそうな時にも「本当に自分のことを大事にしてくれる人なのかどうか、様子を見よう」と冷静になれたりします。

でも、そういう経験値を実人生で上げるのは非常に長い時間がかかる上に、相当な傷を負うことにもなります。

それならば、小説で、ミステリーで、疑似の人生経験を積めばいい。

騙されていいウソ、巻き込まれてはいけないウソがある

クリスティー作品からは、殺されない方法や、殺人を犯してもバレない方法、疑われた時のごまかし方なども学べますが(笑)、もっとも重要な学びは「世の中は嘘にまみれている」と知ることです。

みんな嘘をつく。

「自分は嘘なんてついたことがない」という人ほど、大嘘つき。様々な嘘まみれの中で、騙されていい嘘があり、巻き込まれてはいけない嘘があります。

これだけは絶対に巻き込まれてはいけないという嘘を見抜けるようになるには、たくさん騙されるしかありません。

真山仁『疑う力』(文春新書)
真山仁『疑う力』(文春新書)

小説を読むことは、感情移入をしながら他人の人生を生きることです。一冊の小説で、視点登場人物の数だけ、人生を経験できます。それぞれが、別々の価値観を持っている。立場や状況によって、つかざるを得ない嘘もあるし、意図せず嘘に荷担している場合もある。どんなシチュエーションに嘘があるのかを経験値として積んでいくことができます。

本講義の通しテーマは「正しいを疑う」ですが、正しさは絶対的なものではなく、何を信じているかによって変わることもあれば、正しさを押し付けたくて嘘が混ざる場合もあります。

世の中はこれほどまでに嘘にまみれているのかと、深刻に悩み過ぎないでください。

自分でそれに気づけるのであれば、心配はいりません。それどころか、かえって世の中の在り様がクリアに見えるようになります。

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