「僕のことを思って論破してくれるんだから。本当にありがたい」
――たいていの夫はそうですね。たとえ職場で威張っていても、家庭では妻に論破される。
【田原】いいじゃないの、論破されて。むしろ論破されることがうれしいんですよ。そんなに議論につきあってくれる相手って奥さんしかいませんよ。いま、女房がいなくなって、娘がどんどん論破してくれる。ありがたいですね。僕のことを思って論破してくれるんだから。本当にありがたい。
――聞く耳は持とうとしているんですか。
【田原】うん、大事にしているんだけどね、本気になると、聞く力を失っていっちゃうんだよね。怖いですね。娘の意見はとても必要だし、貴重です。
――眞理さんは、田原さんをどうご覧になっていますか。
【眞理さん】せっかちなんですよ。年をとって、さらにせっかちになりましたね。人の話を最後まで聞けないで、本人が早とちりしたり勘違いしたりしたまま自分の意見を話し始めるんです。
【田原】いや、あの……(か細い声で)聞こうとは思ってるんですが……。
【眞理さん】全然ダメです。90歳という年を自覚して、ちゃんと人の話をとにかく最後まで聞きなさい、といっています。
娘の言葉は一切さえぎらず、目をつぶってうなずくだけだった
――娘さんは、こうおっしゃっていますが、田原さん、いかがですか。
【田原】(小声で)娘のいうとおりだと思います。
【眞理さん】いいえ、わかってないじゃないの。
【田原】はっはっは。
言葉のやりとりだけを読むと厳しそうに思えるが、眞理さんの口調には、卒寿を迎える父をいたわるようなやさしさとユーモアがあった。
それになにより、田原氏の表情である。眞理さんが指摘するのを聞いているとき、田原氏は、たれ気味の目尻をいっそう下げ、なんともいえないといった様子で柔らかな笑みを浮かべていた。口をすぼめたまま、口答えひとつせず、うなだれるように、相好を崩して黙って娘の話を聞く田原氏。苦言に渋々と耳を傾けているというより、温かな幸福感に包まれているといった形容がふさわしい表情であった。
テレビ番組で「まったく違う!」「そんな話は聞いていない!」と大上段にゲストやパネリストらの発言をさえぎる暴走も独善も、そこにはなかった。田原総一朗を黙らせ、確実に論破できる一人は、間違いなく娘の和田眞理さんである。