※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『イスラエル戦争の嘘 第三次世界大戦を回避せよ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
ハマスはなぜこのタイミングで空前絶後の攻撃を仕掛けたのか
【手嶋】パレスチナ自治区の一つ、ガザ地区を実効支配するハマスが、いったい何故、このタイミングで空前絶後の攻撃をイスラエルに仕掛けたのか。奇襲を受けたイスラエルの最強硬派、ネタニヤフ政権は、必ずや「100倍返し」に出てくることは目に見えていたはずです。にもかかわらず、ロケットの砲弾の雨を降らせ、人質240人を連れ去るという挙に出たのか。これほどの奇襲に駆り立てた武装集団ハマスの「内在的論理」に分け入りながら、最大の謎に挑んでみましょう。
【佐藤】まずは、ハマスが憎悪を募らせたネタニヤフ首相とその政権についてみてみます。2022年、ネタニヤフは3度目の首相に返り咲きました。リクード党党首で保守的な人物であることは知られていましたが、第1期政権(1996~1999年)のときは、バランスのとれた政策をとっていました。1997年にヨルダンでモサドがハマス高官を暗殺未遂し、イスラエルとの国交断絶の危機に直面した時に、ハマスの創設者アフマド・ヤシン(イスラエルの刑務所に終身刑で服役中だった)を釈放してヨルダンに送り、事態を平穏化させる決断をしたのはネタニヤフでした。今回の組閣にあたって、極右の政党や宗教政党と連立を組みました。
不気味な平穏さを保っていたガザ地区
【手嶋】イスラエルの建国以来、極端に右に傾いた政権が登場しました。この国で極右を意味するのは、ひとことで言えば、力を剝き出しにしてパレスチナの武装組織を押さえ込むことを意味します。
【佐藤】実際、ネタニヤフ政権の政策は強硬そのものでした。パレスチナ自治区は、パレスチナ解放機構(PLO)の主流派組織ファタハが統治する「ヨルダン川西岸地区」とエジプトのイスラム原理主義組織のハマスが実効支配する「ガザ地区」の二つに分かれています。「ヨルダン川西岸地区」も、イスラエルの入植者とパレスチナ側の住民の間でこれまでも紛争が絶えませんでしたが、ネタニヤフが政権に返り咲くや、イスラエルからの入植政策を強化し、一気に衝突が増えました。
【手嶋】確かに、イスラエルが「ヨルダン川西岸地区」の過激派の拠点を攻撃し、民間人を殺したりする事件が頻発し、パレスチナ側もイスラエルの市民を銃で狙ったりする、報復の連鎖が続いていました。その一方で「ガザ地区」は、少なくとも表向きはパレスチナ住民との衝突は比較的少ないように見受けられました。今回の事態を読むうえでここがポイントだと思います。
【佐藤】まさしく手嶋さんの見立て通りです。表面上、平穏に見えたのは、地下には不満のマグマが渦巻いていたものの、それが強大な力で押さえつけられていたからにすぎません。