2023年下半期(7月~12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。仕事術部門の第1位は――。(初公開日:2023年11月7日)
過去の嫌な記憶から解放されるにはどうすればいいか。浜松医科大学名誉教授の高田明和さんは「過去には楽しい思い出もあるが、嫌な記憶も無数にある。悲惨な過去に対する苦痛をやわらげるには、松下幸之助さんが残した『過去がつらいと今がラクである』という言葉のように過去の延長線上に今の私があると考えるといい」という――。

※本稿は、高田明和『孤独にならない老い方』(成美堂出版)の一部を再編集したものです。

通路から出口へ向かって歩く人
写真=iStock.com/gremlin
※写真はイメージです

楽しい思い出にふけるより、嫌な記憶を遠ざける

思い出というものは、人を楽しませるものではあるが、時には人を寂しがらせないでもない。
精神の糸に、過ぎ去った寂寞せきばくの時をつないでおいたとて、何になろう。

小説家 魯迅ろじん

私たちは、しばしば過去を思い出して懐かしみます。とくに、親や周囲から大切にされ、純粋だった子供時代の思い出には、胸がふるえるほどの懐かしさを感じるのではないでしょうか。

詩人の三好達治みよしたつじさんに「わが名をよびて」という作品があります。

わが名をよびてたまわれ
いとけなき日のよび名もて わが名をよびてたまわれ
あわれいまひとたび いとけなき日のよび名をよびてたまわれ
風のふく日のとおくより わが名をよびてたまわれ
庭のかたえに 茶の花のさきのこる日の
ちらちらと雪のふる日のとおくより わが名をよびてたまわれ
よびてたまわれ
わが名をよびてたまわれ

「いとけない」とは、あどけないということです。つまり、幼い日に母親が呼んでいたわが名で自分を呼んでほしいというのです。「もう一度、あの日に帰してください」と願っているのです。

母の思い出は、私にとっても最も大事です。

私は長男で、常に母によく思われようとしていました。「あきちゃん(私)の話し方は、お母さんそっくりだ」と笑われたほどです。

母は、今でいうHSPエイチエスピー(超敏感気質)で、きちょうめんでした。小学校に入る前、筆箱をのぞくと、きれいに削った鉛筆が並んでいました。薄暗い電灯の下のその光景が、まざまざと思い出されます。

ところが、祖母はそんな母を嫌っていて、「欠点ばかりだ」などと言うので、私は徐々に、母に批判的になりました。今でも「母にすまなかった」という思いを消すことができません。