【事例②】「このままだと車検制度が維持できない」

トラックや自家用車の整備・点検をおこなっている東海地方の自動車整備業の経営者からは、こんな声が聞こえてきた。

「率直に言って今の現場の状况を見ると、このままでは車検制度が維持できなくなるのでは、という危機感があります。

採用は本当にできません。経験者の採用はここ数年まったくできておらず、たとえば工業科の高校生なんて高嶺の花で、みんな自動車メーカーの工場などに行ってしまう。なので、私たちのような整備工場は普通科の高校生を採用してゼロから育てているんです。

大型自動車の整備は大事な仕事だと言われていますが、大型をやる人間はとくに減っています」

幹線道路などにおける自動運転が早期に実現したとしても、絶対に必要なのが整備業だ。とくに自動車の整備はトラックなどだけでなく、地方では人々の生活の足となる自家用車の整備などにおいても必須の仕事だと言える。それが現在は大型車の整備で人手が一杯いっぱいとなっており、人々の自家用車にまで手が回らなくなってきている……。

「車検制度が維持できない」という声には、構造的な人手不足が今の仕組みを変えてしまうという、不気味なほどに大きなエネルギーを感じざるをえなかった。

自動車整備
写真=iStock.com/uchar
※写真はイメージです

整備士がいなくて労務廃業に

「仕事はあるんです。でも断らざるをえないんです。不思議かもしれませんが、これが今現場で本当に起こっていること。

それでも断れない業務があるので、従業員に無理をさせざるをえない。そして従業員が辞めていく、もっと労働環境が悪くなる、という悪循環になっているなと思います。

県内の知り合いの会社の話ですが、とある国家資格が必要な運搬に関する専門職が突然、退職してしまって、その人しか有資格者がいなかったので困り果てているそうです。理由は、他社に引き抜かれたから。年収900万円近い破格の待遇での引き抜きで、『うちの会社ではとても払えない』と言っていました。

そんな状況で地域の整備業では、整備士がいなくて廃業している会社が本当に多いです。『労務廃業』というやつですね。だから、仕事は残っている会社にどんどん集まって増えるわけですが、全然ありがたくないんですよね」

仕事はあるが、人手がいないため断らざるをえない。そんななかで必要な人手を求めて地域の企業同士が破格の待遇で数少ない人手を奪い合っているのだ。

これはもちろん、働き手にとっては悪いことではない。しかし、その地域で必要な数を、働き手の実際の数が下回ってしまったら、生活維持サービスの質の低下を止めることはできない。残った数少ない働き手に仕事が集中しても、すべてを受けることはできないのだ。

“労務廃業”という言葉は、仕事はあるのにそれを受ける人手がおらず、継続が難しくなる地域の生活維持サービスの状況を言い表す言葉だと強く印象に残っている。