「さよなら技術神話」。過激な第1章から本書は始まる。ビジネス市場でよく聞く成功譚では大企業の技術開発にフォーカスしたストーリーが多いもの。著者の三宅秀道さんは、まずこの点に疑問符をつけている。
「私もそうしたストーリーを聞くのは嫌いじゃないですが、それ以外の勝ちパターンも軽視すべきではありません」
実家は主に中華食材を扱う貿易商だった。「フカヒレを食べる日本人がもっと増えれば、うちの商売は儲かるんだな」と子ども心に考えたのが、思い返すと考察の始まりだったそうだ。
「未知なる文化を取り入れ、新しい価値に気づけば、その先に新しい市場が生まれるのです」
たとえば温水洗浄便器を広めたTOTOのウォシュレットは100年前からある技術を適用した「だけ」だが、当時の人はウォシュレットを作れなかった。なぜか。それは「トイレでお尻を洗う」という「問題」を発見できなかったからだ。
「つまり、文化も大事、という話です。ウォシュレットは新しい文化需要を生んだ“発明”と言っていい。ホンダの原付自転車にせよ、ソニーのウォークマンにせよ、画期的な新商品は新しい文化の開発から生まれている。でも、その文化に慣れ親しむと商品の改善に軸足が移り、先人たちの“発明”を技術開発の“結果”と錯覚し始める。技術さえ高めれば、いつか自然現象のように発明が生まれると信じていく。しかしそれだけでは、いつか市場で行き詰まります」
三宅さんは水泳用品のフットマークという企業に注目する。実はプールで水泳帽をかぶるのは世界でも日本だけ。なぜなら水泳帽は同社が1970年頃から体育の先生たちに宣伝することで普及した商品だからだ。98年には泳ぎづらい水着「アクアスーツ」を発売。アクアビクスのブームを起こした。社員数75人の中小企業が、独自技術はなくても、次々と新しい市場をつくる様子は痛快だ。
本書にフリッパーズ・ギターの「青春はいちどだけ」の歌詞が引用されている。「名前をつけて冷たすぎるように/シールで閉じて隠して」。三宅さんの問題意識の根源を言い表していて、気づきを得た一曲だという。
「名前というシールがつく前の“まだ名前がない”存在は貴重です。意識されていなかった名前のない問題を発見することが新しい文化の創造に結びつく。技術開発はもちろん大切ですが、今は比重がそちらに寄りすぎていると思います。未知の問題をもっと発見していくことが明日への希望になると信じています」