なぜ私たちは肉を食べるのに、犬や猫の虐待には耐えられないのか。早稲田大学文学学術院の村松聡教授によれば、人間を含む動物の命の重さをどう決めるか考えるとき、生きていたい欲求を尊重する「生存権」が引き合いに出される。しかし、生存権という考え方には大きな落とし穴があるという――。

※本稿は、村松聡『つなわたりの倫理学 相対主義と普遍主義を超えて』(角川新書)の一部を再編集したものです。

オランウータンの親子
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チンパンジーは道具をどれほど使いこなせるのか

動物の知能について取り上げるとき、クジラやイルカなども言及されるが、中心的な対象は大型類人猿(great apes)である。大型類人猿とは、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、そしてボノボを指す。この4種のサルは、極めて高い知能をもち、その知能はおおよそ2~3歳のヒトに匹敵すると多くの動物の研究者がここ半世紀ほどの間に発見、報告してきた。

動物の知能を測る試みは、動物研究者、心理学の専門家によって様々なかたちで行われているが、なかでも、道具の使用、言語理解、鏡に映る自己の経験は知能を測る基準として重要なテスト材料の役割を果たしている。知能の言わばリトマス試験紙のようなものだろう。

簡単に、動物の知能テストの成果を記しておこう。

まず、道具の使用。1960年代、動物好きだったイギリス人、グドールは、アフリカ、タンザニアのゴンベの森に出かけ、ほとんど単身で野生のチンパンジーの一群との、人間による初めての接触と観察に成功する。

彼女のその後数十年に及ぶチンパンジー観察は多くの劃期かっき的な知見をもたらしたが、その一つが道具の使用だった。野生のチンパンジーは、巣の中にいるシロアリを食べるために、葉っぱを取り去った木の枝を使う。これによって、チンパンジーの道具の使用が、立証される。

物を加工して使う能力は、人間だけのものではなかった

グドールの報告以前にもチンパンジーが椅子などを使って、高いところにある食べ物をとるケースは知られていたが、その場にある物を使っただけで、物を加工して使う人間の道具使用とは異なると考えられていた。それだけに、この報告は大きな衝撃をもって受けとめられた。

チンパンジーは、人間同様、物を変容し、加工して道具をつくる。ちなみに、加工した道具の使用を人間の特異性に数えていた哲学的人間学の凋落ちょうらくを決定づけた要因の一つは、この報告だっただろう。

言語に関して。1960年代以来、絵文字を使った会話から、ゴリラやチンパンジーに手話を教える実験まで試みられてきた。ゴリラやチンパンジーは声帯の構造上、人間と同じような発声ができないが、発声ができない事実からは、言語理解の有無を判断はできない。そこで、手話を教えた。

しかし、一見絵文字を使っているようにみえても、チンパンジーの行動は単なる模倣ではないか、あるいは単に刺激と反応の関係にとどまっているのではないか、と繰り返し疑問が呈示されてきた。手話の場合も、チンパンジーは手話で示されたサインを真似ているだけとの批判を払拭ふっしょくできていない。