>>柴田励司さんからのアドバイス

人間の能力を説明するのによく使われるのが「氷山モデル」だ。海の上に突き出た氷山部分がスキルや問題解決力といったわかりやすい能力を表し、海面下に、人間性と深く関連する見えにくい能力がある。ここでは前者を仕事力、後者を人間力と呼ぼう。20代、30代は両方の力をバランスよく発達させなければならない。

仕事力を磨くには2通りの方法がある。ひとつは自分で関心を持ったり、仕事に直結するテーマの読書や情報収集を欠かさずやることだ。若い頃は給料に余裕がないかもしれないが、書籍代や情報収集のための出費を惜しんではならない。

本や雑誌をいくら読んでも記憶に残らないと嘆く人には、読んで理解した内容を図式化することをお勧めする。これをやると、知識がフローからストックになる。さらに自分なりの情報を付け加えていくことで、知識を知恵に転換させることができる。

ただし、こういったことを自律的に続けるにはかなりの意志力が必要で、続かない人には何らかの資格取得を目標にすることをお勧めしたい。私の場合、20代後半に中小企業診断士の資格を取ろうと1年ほどかけて勉強した。経済から経営、マーケティングも人事もわからないという状態だったため、体系的に知識を習得しようと考えたのだ。実際、このときの勉強が以後のキャリアにおいて大きな財産になっている。その背景にあったのが「周囲の人にハッピーになってもらいたい」という気持ちだ。それがなかったら持続しなかったかもしれない。

次は人間力の磨き方についてだが、乱暴な言い方をするなら、普通の人なら尻込みするような仕事を経験するしかない。ひと皮むけざるをえない修羅場経験が重要なのだ。

「人間関係がきつい」「労働環境がきつい」「仕事そのものが困難である」。修羅場の中身としてこの三つくらいが考えられる。そこでとにかくきっちりやって成果を上げることだ。いくつも会社をかえる20代がいるが、私には履歴書を汚しているとしか思えない。「石の上にも3年」「若いうちは雑巾がけ」というのはいまも変わらない教えだと思っている。

特に20代は定型の単純作業が多く、ときにはやっていられないという気持ちになるかもしれない。京王プラザのフロント時代、こんなことがあった。夜勤明けの朝9時頃、チェックアウトした客が置いていった部屋のキーを、所定の場所に一つひとつ手で戻す仕事をしていた。部屋数が1500もある大きなホテルだから、大変な仕事である。

焦りと空しさに襲われながら手を動かしていたが、ある日なぜか特定フロアのキーだけが必ず早い時間に戻っていることに気づいた。調べてみると、そのフロアに決まって通されているのが、チェックアウトする時間が早い海外の団体客であることがわかった。

よく考えてみると、同じ階に団体客を入れる意味はない。それより特定の部屋だけを団体向けに使うと、エレベーターホールの絨毯の消耗が激しくなるなど、部屋の割り振りの仕方についてもヒントが生まれる。目の前の仕事を機械的にこなしているだけではこういう気づきは生まれない。どんな仕事でも工夫の余地はあり、そこから学べることはある。

シグマクシス代表取締役CEO●倉重英樹
1942年、山口県生まれ。早稲田大学卒業後、日本IBM入社。93年副社長。PwCコンサルティング会長、日本テレコム社長等を経て、RHJインターナショナル・ジャパン会長(兼務)。08年シグマクシスを設立。三菱商事特別顧問。

カルチュア・コンビニエンス・クラブCOO●柴田励司
1962年、東京都生まれ。上智大学卒業後、京王プラザホテル入社。在オランダ日本大使館出向、人事部、マーサー・ジャパン社長、キャドセンター社長を経て、08年より現職。デジタルハリウッド社長を兼務。週1回配信するメルマガ「柴田励司の人事の目」が好評。

(荻野進介=構成 大沢尚芳=撮影)