義母の吉本せいは息子と笠置のことを「何も知らない」
親もきょうだいもいない笠置が、愛する人を出産間近に失い、本家に話もしてもらえないまま、よりどころなくたった一人で初めての出産に臨んだ心細さは、どれほどのものだったか。
ちなみに、史実では吉本せいが笠置に初めて会うのも、エイスケの死後。『新版 女興行師 吉本せい』(矢野誠一/ちくま文庫)では、筆者が『現代人物事典』(朝日新聞社)の「吉本せい」の項目を執筆する際、送られてきた出所不明の切り抜きからこんな記述を引用している。
「昨年五月亡くなった独り息子の穎右氏と例のヴギウギ歌手笠置シヅ子さんとの問題については『何も知らない』と語らなかった」
かくして笠置は、妊娠を知ってなお籍を入れようとしなかったエイスケのことも、2人の結婚を反対し続けた吉本せいのことも、誰のことも恨むことなく、未婚のシングルマザーとして生きる道を選ぶ。
しかし、もしエイスケが健在であったら、笠置は結婚で引退することになり、名曲『東京ブギウギ』が生まれることも、笠置が「ブギの女王」として君臨することもなかったわけで、運命の皮肉を思わずにいられない。