息子を医者にするという新たな野望

事件後、生活に窮するようになった紀子に生活保護の申請も視野に入れるよう助言したが、

「生活保護なんて! それだけは絶対に嫌です」

と、セレブ妻のプライドなのか、頑なに拒んでいた。紀子は疎遠だった親族や友人に片っ端から電話をし、経済的な支援を求めるばかりで、仕事に就こうという様子は見受けられなかった。それでも選択は本人に委ねるしかない。

ところが間もなくして紀子は都内で仕事を見つけ、その後、不登校だった息子も無事高校進学を果たしていた。絶望の淵で、半ば自暴自棄だった親子を立ち直らせたのは、ひとつの目標だった。

「この子が医師になりたいというので、私が何とか頑張らなくちゃと思って……」

夫に失望した紀子は、さらに息子に期待しているように感じた。

「勉強大変だけど、本当に医学部に行きたいの?」

私は、紀子の息子に本音を尋ねると、

「もちろんです! 父親みたいになりたくないので、僕は一生懸命勉強して本物の医師になります!」

と、彼はイキイキした表情で答えた。

現実的にさまざまなハードルはあるものの、決して楽ではない親子の生活を支えている唯一の望みは、息子の医学部進学なのである。

リビングで宿題をしている子供
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「人の命を救う仕事は医師だけじゃないから、視野を広く持とうね」

いまの彼に対してかけられる精一杯の助言だった。

夫の逮捕後、妻の財産は数万円

東京都在住の浅田真奈美(仮名・40代)の夫もまた詐欺罪で逮捕され、パニック状態で電話をしてきた。夫の職業を尋ねると、

「ITっていうんですかね? 正直、どんな仕事なのか、よく、わからないんです……」

紀子の場合同様、真奈美も夫の収入だけで生活しているにもかかわらず、毎月、どのくらいの収入を得ているのか把握してはおらず、仕事の内容についてもわかっていなかった。

夫の弁護人によれば、会社を経営している真奈美の夫は取引先の会社から総額1億円近くの金銭を騙し取ったとして詐欺罪で逮捕され、容疑は認めているということ。返済の目途は立っておらず、起訴され、実刑判決は免れない見込みだという。既に真奈美のもとには、弁護人を通して夫から離婚届が送られてきていた。

夫の銀行口座は既に凍結されており、真奈美の家族カードが利用できなくなるのも時間の問題だった。真奈美の手元には数万円の現金しかない。家電や時計、洋服など売れそうなものはすべて売っても5万円程度にしかならなかった。