「この子には関係ないですよね?」
頼ることができる家族もいない真奈美が息子と生きていくためには、生活保護を申請するほかなかった。
「私はどうなってもいいんですけど、息子が……。来年、中学受験だし、すべて息子のことを考えてここに引っ越してきたんです……」
泣き崩れる真奈美の側で、小学生の息子はカード遊びに夢中になっていた。よく見ると、カードには英単語が書かれており、英語の勉強をしているのだ。
「罪を犯したのは夫であって、この子には関係ないですよね? なんとかこの子を助けてくれませんか? お願いします!」
真奈美は床に手をついて私に頼んだ。「助ける」とは、息子にこれまでと同じ環境を与えて欲しいということだ。そんなことは到底無理である。中学受験は諦めてもらうしかない。
「自業自得」だと非難されるが…
「夫も私も高卒なので、この子だけにはいい大学に入ってもらいたくて、幼稚園からいろんなことさせて来たんですよ! 何とかしてくださいよ!」
と、今度はキレる始末。気持ちはわかるが、事件以前の生活に戻すことはできないのだ。真奈美が求めているのは経済的な支援だけで、それ以外のことには耳を貸さないのである。こうしたケースを扱うのは実に根気がいる。
真奈美は中学受験に拘るが、大学進学の道が閉ざされたわけではないとなんとか説得し、母子ふたりで新しい生活を始めるに至ったが、真奈美は鬱病で通院生活を送り、未だに現実を受け入れられていない。
一方、息子は、受験や習い事から解放された生活をむしろ喜んでいた。中学卒業後は土木関係の会社で働いており、莫大な教育費がつぎ込まれたにもかかわらず、学歴は両親を下回る中卒となった。真奈美はさらに落ち込んだが、本人の選択なのだから受け入れるしかない。
紀子も真奈美も息子をいい大学に入れたいと訴えていたにもかかわらず、習い事などの出費は場当たり的で、将来の学費のために貯金をしていたわけでもなかった。夫が病気で失業した場合に備えた保険には加入していたが、犯罪者となって失業した家族が受けられる経済的支援はない。経済的に夫に頼り切った生活をしてきた妻たちの中には、事件後、生活が立ち行かなくなるケースは少なくない。
彼女たちは加害者か、それとも被害者か。自業自得だと、彼らに向けられる世間からの視線は厳しい。しかし、当たり前に続くと信じていた日々が、ある日突然、崩壊することは、これからの時代、誰にも起こりうることかもしれない。同情に値しない人々と切り捨てるのではなく、生きていくための支援があってよいだろう。