50、60代からひきこもりの隠居になってもやれることを培う

忙しいことはよいことです。脳も活発に動き、交流があって生きがいになるでしょう。しかし、80代後半から90代になると、足腰が弱ってくるのも避けられないことです。草取りもウォーキングもできなくなる日が来るかもしれません。

ぼんやり時間を過ごすことが苦手な人は、たちまち落ち込んで、自分はダメな人間だ、役立たずだと悲観するようです。

寿命が延びたぶんの時間の過ごし方には、ぼんやり機嫌よく過ごすというやり方もあります。

90歳になっていきなり熊谷守一のような仙人にはなれないと思うでしょうが、大丈夫、高齢だと少しずつぼんやりしてくるものです。それを落ち込まないで日々の季節の移ろいや生活を楽しむ。それが隠居生活の醍醐味だいごみです。

隠居生活を楽しむためには、インドアの趣味をひとつふたつ持っているといいでしょう。将棋や碁ができると施設などに行っても誰かと楽しめるかもしれません。

囲碁
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映画を楽しんだり落語を聞いたり、ひきこもりの隠居になってもやれることを50、60代から培っておくことは大事です。

人生100年を穏やかに生き切るなら「目指せ、隠居道」の境地へ

熊谷さんが先の本にこう書いています。

私はほんとうに不心得ものです。気に入らぬことがいっぱいあっても、それにさからったり戦ったりはせずに、退き退きして生きてきたのです。ほんとうに消極的で、亡国民だと思ってもらえればまず間違いありません。
私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません。

地方の農村などに行くと、熊谷さんのようにいい顔をしたご隠居さんがいそうな気がします。都会でも、施設暮らしでも、ぼんやりと機嫌よく過ごす高齢者はいるものです。

「ああなったらつまらない」と思うのは、まだどこかで自分にノルマを課す習慣が残っているせいかもしれません。人生100年を穏やかに生き切るなら、「目指せ、隠居道」の境地も必要かもしれません。ぼんやりとしている時間が増えてくるというのは少しも悪いことではないのです。

熊谷さんが長年住んだ跡地(東京都豊島区)は、現在、熊谷守一美術館になっています。隠居道を学ぶために一度訪ねてみるのもいいと思います。