「なんでうちの店が最初に出てこないんだ」

それまで、じわじわとユーザーを集めつつあったカカクコムは、この直後から成長を加速させた。取扱商品数も増えて、ユーザー数が一気に伸びた。

ユーザーが知りたいのはいちばん安い製品からせいぜい5つか6つまでだ。それ以上、スクロールすることはほぼない。ユーザーの気持ちに寄り添った並べ方にしたことで、カカクコムのユニークユーザー(サイトを訪れた人の数)はぐんぐん伸びていったのである。

ただし、クレームも増えた。クレームの電話をかけてきたのはユーザーではなく販売店の主人だった。

「お前、なんでうちの店が最初に出てこないんだよ」
「すみません、でも、これ価格順で安い順から載せてるんで」

販売店の主人はそこで一瞬、黙る。そして、猫なで声に変わる。

「なーんだ。そうだったの。じゃあ、いちばん安い値段にすればトップに載せてくれるね。わかった」

パソコン販売店の経営者は一日中、カカクコムのサイトを見るようになった。そして、昼夜問わず最安値を付けるのが日課になったのである。

電子空間のなかで販売店の主人たちはどんどん価格を下げていった。カカクコムが登場する前でも、販売店が提示するパソコン価格はメーカーが付けた最低価格より安いことはあったが、それには限度があった。

パソコンを使用する人
写真=iStock.com/gorodenkoff
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メーカーの希望価格から、ユーザーが望む価格に

ところが、数多くの販売店が集まるカカクコムではひとつの店が安い価格を付けると、他の店もそれに追随する。メーカーが付けた販売価格ではなく、ユーザーが希望する価格が付けられるようになっていったのである。

そうなると、パソコンメーカーとしては価格を上げることが難しくなった。企業努力で性能は上げる。しかし、価格は据え置くといった姿勢をとらざるを得ない。インターネットはユーザーが欲しい価格をメーカーに知らせる役目を果たすようになった。

野地秩嘉『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー 食べログ、クックパッドを育てた男』(プレジデント社)
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カカクコムの社員たちの忙しさには拍車がかかった。手作業の入力だとどうしてもミスが起こる。「34センチメートル」のパソコンを「34メートル」と表示することだってないわけではない。商品の写真を間違えて掲載したりもする。すると、ユーザーやメーカー、販売店などからクレームが入る。手入力とともにクレームは増える一方だった。

ただ、クレームが増えたことはカカクコムチームにとっては決して悪いことだけではなかった。クレームはいろいろな立場の人がつねにカカクコムのサイトを見ている証拠だ。カカクコムの価値が上がっていることを実感するのがクレームの増加だったのである。

そして、怒ってクレームを言ってくる販売店の主人やメーカー担当者もいれば、逆に「お宅のおかげで売れた」と感謝してくる人も増えた。クレームが増えたことは社員のやる気にも結びついたのである。