パンツを履くようになったから「パンチラ」が恥ずかしくなる
今まで述べたような性的視線と羞恥心の構築性、つまり歴史的に変化することを詳細に論じたのが、井上章一『パンツが見える。 羞恥心の現代史』です。書名や表紙からは怪しいエロ本に見えなくもないですが、掛け値なしに名著です。この本の内容を要約すれば、つぎのようになります。
“60年ほど前まで、女性のパンツを見て興奮する「パンチラ」好きの男性はいなかった。なぜなら和装の女性はパンツを履いていなかったから。スカートの下のパンツに男性がときめくようになり、パンツを見られた女性が恥ずかしく思うようになったのは、日本の女性がパンツを履くようになってから。たかが半世紀ほどのこと。男性の性的視線と女性の羞恥心は、歴史の中で形成され、変化するものであることを論証する。”
人間は生殖とセクシュアリティが必ずしも結びつかない
さて、長くなりましたがまとめになります。人間の場合、動物と違って生殖とセクシュアリティとは必ずしも結びつきません。そうした意味で、セクシュアリティは本能だけでは語れないのです。むしろ、生殖とは無縁な性行動、たとえば、同性間の性愛やオナニー(Onanie)などが、しばしば見られます。換言すれば、生殖と関わらない性行動の比重が高いところに、人間のセクシュアリティの特質があると言えるのです。
と、まとめましたが、最新の研究で、人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました。同性のカップリングは、生殖に直結しないものの、なんらかの形で生物進化のシステムに寄与している可能性が出てきました。今後の注目点です。