そして、こう続ける。

「もちろん企画を出してもらうまでは個人的な意見を差しはさまず、会議までの2週間というもの構想が具体化するのを待ちました。こういう段階では、待つことが僕の仕事なんです」

なぜそんな迂遠なやり方をしたのか。完成した作品を見れば理由がわかる。

全5話のうち核となる1~4話の構成は、NHKスペシャルの歴史ものとしては異例の「テーマ別」の切り口を採用した。1話の制作を担当した角氏がいう。

「たとえば『映像の世紀』というシリーズなら1980年代、90年代というように約10年ごとに1話を構成するというやり方でした。しかし今回の場合、結末である現在の金融危機が大きなウエートを占めています。ですから1回ごとに『読み切り』の形をとり、毎回ある種の完結感を出すことを優先したんです」

言葉を換えれば、1回ごとに担当CPの個性が強烈に放散される。これこそが事務局の狙いだった。鈴木氏が振り返る。

「いかにしてアトラクティブ(魅力的)な番組にするか。これについては僕も番組をつくってきた者としてこだわりがあります。たとえば29年のニューヨーク株の大暴落から順に解き明かしていくという手法も考えられます。しかしリーマン・ショックの背景を探るにしても、そこまで遡ることで面白くなるかといえば疑問です。だから提案会議では『時系列は前後してもいいから、目線だけはそれぞれの回で違うものにしてほしい』と伝えました。たとえグリーンスパン(前FRB議長)が全5話に毎回登場しても、視点が違うなら構わないよということです。何より『人間』に焦点を当てれば、番組はぐっと面白くなりますから」

実際、シリーズの演出は異例づくしだった。とりわけ賛否両論を巻き起こしたのが、第2話に挿入したドラマである。担当したのは安川尚宏CP(45歳)だ。

「経済番組はどうしてもビルと会議室と書類と……みたいに、決まりきった映像になりがちです。しかも今回は米国の金融政策という一般の視聴者からは遠いできごとを扱います。だから最後まで飽きないで楽しく見てもらえるような、思い切った仕掛けが必要だと考えました」

基本はドキュメンタリーだが、要所要所に富田靖子主演のドラマを差しはさみ、解説と並行してドラマの謎解きを進めることで視聴者の興味を引っ張ったのだ。

(永井 浩=撮影)