離婚は恥ずかしく恐ろしいもの
挙げ句の果てに、母親はこう言った。
「そんな離婚理由なら、うちの息子が離婚されない保証はどこにもないから結婚は認められないわ。それに、前の旦那さんが息子を殺しにきたらどうしてくれるの?」
あまりにも飛躍した妄想に、片桐さんは呆気にとられてしまう。
「彼が私と離婚したくなる可能性だってあるのに、一貫して私から離婚を切り出すと決めつけてくることが不思議でした。後から気付いたのは、彼の母親は彼の姉の離婚歴をとても恥じていたから、絶対に息子をバツイチにさせたくなかったということです。そして、自分が手塩にかけて育てた優しい息子だから、息子から離婚を切り出すことはありえないと思っていたのかもしれません」
母親が「元夫が殺しに来る」などという極端な妄想をしたのは理由があった。
プライドが高く、自分が一番でないと気が済まない性格の彼の姉は、両親からの猛烈な反対を押し切って、大学時代の先輩と30歳の時に結婚した。その割には翌年息子を出産した後、金銭問題や子育てに対する考え方の違いからまもなく別居状態になり、揉めに揉めて、3年ほどかけてやっと離婚に至ったという。その途中、元夫から姉への暴力行為があっただけでなく、実家に来るたびに姉が口走る「あいつ、殺してやりたい!」などと愚痴とも呪詛ともつかぬ言葉を母親は聞かされていたため、「離婚は恐ろしいもの」というイメージが植え付けられてしまったようだ。
片桐さんの離婚理由を聞いた後、母親は息子の大学の卒業証書まで持ち出して、息子がどれだけ優秀だったか、どれだけ母親思いの良い息子なのかをひとしきり話し、
「こんなに優秀な子だってこと、蘭子さんわかってる? この子を大学院まで出すために、私もパートで頑張ったのよ〜」
と“自慢の息子のために頑張った母親”アピールをし始めた。
しかしそこで彼が、「え? あの頃おふくろがパートに出たのって、俺の学費のためだったの?」と驚くと、
「ううん! ううん! 違うの! お母さんのお小遣いになると思って、ちょっとパートに出てただけよ!」
と突然息子に媚を売るような口調と仕草に豹変。片桐さんは面食らった。
帰り際、母親は「これからもお・と・も・だ・ちとして、息子と仲良くしてやってね」と釘を刺しつつ見送った。
2人になると彼は、「ごめんね。ありがとうね。あとは俺が説得がんばるからね」と改めて結婚への決意表明をした。このときの片桐さんは、まさか入籍まで3年もかかるとは思っていなかった。
(以下、後編へ続く)