※本稿は、稲垣栄洋『ナマケモノは、なぜ怠けるのか? 生き物の個性と進化のふしぎ』(ちくまプリマー新書)の第1章(「みっともない」生き物)を再編集したものです。
ヘビはどうやって前進しているのか
①ヘビ
ヘビは嫌われ者である。ヘビを怖がる人は多い。人間は本能的にヘビを怖がるという性質が身についているとも考えられている。本当だろうか。
いずれにしても、手も足もないのに、にょろにょろと近づいてくるヘビは、人間にとってはじつに奇妙であるし、恐怖でもある。やっぱりヘビは嫌われ者なのだ。
神さまはどうして、こんな嫌われ者の生き物をお創りになったのだろう。
ヘビの祖先も、後述するがカメの祖先と同じように、恐竜時代の終わり頃の地層から発見されている。つまり、ヘビもまた、カメと同じように恐竜が絶滅したような地球環境の変化を乗り越えたのだ。
もっとも恐竜時代のヘビの祖先の化石には、後ろ足があったらしい。やがて後ろ足も退化し、現在のような手も足もない姿になったのだ。
「手も足も出ない」という言葉があるが、ヘビには本当に手も足もない。そもそも、手も足もないのに、ヘビはどうやって前へ進むのだろう。
ヘビは体をくねらせながら、前へ進んでいく。これが「蛇行」である。ヘビのお腹には突起のようなものがあり、スキー板のエッジのように地面をとらえて滑らないようにする。そして、体を前に押し出していくのである。これを繰り返すのが、くねくねとしながら進む蛇行である。
手足の代わりに得たもの
しかし、相当巧みに体を動かさなければならない。ヘビは見つかると、意外と速いスピードで草陰に逃げ込んでいくが、こんな複雑な仕組みをスピーディーに行なっているのである。こんな複雑な動きを身につけるくらいなら、トカゲのように四本足で移動した方が簡単そうである。
どうしてヘビには手足がないのだろう。ヘビに手足がない理由については、必ずしも十分には明らかにされていない。ただし、ヘビはかつて土の中で生活をしており、穴の中で移動しやすいように手や足が退化したと考えられている。
いずれにしても、ヘビは手足がないのではない。手足が邪魔だから捨て去ったのだ。ヘビは独自のスタイルで最先端の進化を遂げた生き物なのである。
人間は道に落ちているロープをヘビと見間違えて、恐れおののくことがある。細長いものはヘビ、と思われるほど、シンボライズされた存在なのだ。まさに余分なものを削ぎ落したシンプルで洗練されたデザインなのである。
人間は本能的にヘビを恐れる。ヘビを知らない赤ちゃんもヘビに恐怖を抱くと言われている。ヘビは手足がなくても、木に登ることができる。人間が昔サルだった頃、木の上にやってくる天敵はヘビだけであった。一説によるとそれが人間がヘビを怖がる理由であるとも言われている。手足をなくした代わりに、すごい存在感を手に入れたのだ。
だからね、手足のないヘビも、そのままでいいんだよ。