「入所者:介護士は3:1」の意味
「入所者:介護士は3:1」、「最低でも入所者3人に対し1人の介護スタッフを配置する」という意味であり、特別養護老人ホームなどの施設基準でもある。これは決して、「24時間常に3:1で介護する」という意味ではない。一般的な老人ホームでは「早番/遅番/夜勤」などのシフト制が組まれており、「介護士1人で5~6人を食事介助」「食事介助中に他の入所者が転倒や失禁すれば、食事介助を中断して対応」「夜間は介護士1人で30人対応」などは、一般価格帯の老人ホームでは当たり前の勤務体制である。
今回の判例にあるような「ゼリーで窒息しかねない嚥下機能が低下した90代」に対して、裁判長が主張するような「誤嚥を防止する措置」を実施するならば、食事中は1:1で対応する必要があり、その他に入浴・調理(一般食/粥/刻み/ペースト/糖尿病食/減塩食など作り分ける)・排泄対応・リハビリ・リネン交換・清掃・夜勤・事務作業モロモロを考慮すると、ザックリ入居者の1.5~2倍の職員が必要になり、現在の介護保険制度の予算内では実現不可能だと見られる。高齢者の年金額の範囲内で実現するには、現役世代に対する増税か介護保険料値上げしかないかもしれない。
「月6000円の報酬増」と言うけれど
2023年11月、「介護職員の仕事離れに歯止めをかけるため、2024年から月6000円の報酬増」という介護職員にとって少しだけ明るいニュースがあったが、今回の判決で介護現場では帳消しにあったような雰囲気になっているのではないか。そもそも介護職の不人気や人材不足は「賃金水準の低さ」「仕事のキツさ」が指摘されているが、近年では「賃金に見合わない責任や訴訟リスク」も大きい。
かつての「医療事故」のように、近年では「介護事故」「介護ミス」という用語も一般化しつつある。ネットで「介護事故」と検索すると、トップページには弁護士事務所のホームページが複数ヒットし、そこには「88歳誤嚥死亡、○○万円判決」「83歳転倒骨折、○○万円で和解」などとあり、無料相談のフリーダイヤル番号まで載っている。
この状況下において、今回の「90代で2365万円判決」のニュースを聞けば、「だったらウチも該当する」に弁護士相談して訴訟を思い立つ利用者家族がいても不思議ではないだろう。
こうした中、介護事故裁判に備えなければならない施設側は、スタッフに対して日々の綿密な介護記録をつけることを指導しているという。例えば、「トイレで転倒」だったのが「トイレの床に座り込んでいたので声をかけると『大丈夫』と返答があった。『痛みはない』とのことなので、リビングまで同行した」のような詳細かつ防衛的な記録が求められつつあるのだ。
増える一方の介護記録/ケアプラン/サービス計画書/事故報告書の作成……。介護スタッフの仕事はこれらのほかにも、利用者家族からの「ちゃんと説明しろ!」「納得できん、金返せ!」といったクレーム対応などが増えていると関係者は口をそろえる。よって、「月6000円報酬増」があっても「月10時間サービス残業増」となれば、介護人材不足は解決しないだろう。