※本稿は、野地秩嘉『サービスの達人に会いにいく プロフェッショナルサービスパーソン』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
何でも作り、何でも売るラジオDJ
松田一伸。64歳。彼は札幌市在住だ。18年前から地元のHBCラジオでDJをやっている。同時にシンセンという名前の広告代理店社長でもある。社員は4名。うちひとりは妻だ。自らこれまでに3000本以上のテレビやラジオのCMを制作した。
夏が来ると積丹半島に海鮮丼の季節限定店舗を開く。名称は積丹しんせん(社長はライスボールプレイヤーの川原悟)。広告代理店と同じ名前だ。そこではウニ解禁の6月から約3カ月間のみ、「うに丼」を売りまくる。同地には老舗が3軒あるので、そこに入れなかった、おこぼれの客を狙うすき間ビジネスである。しかし、海鮮丼の味はいい。
11年前からは「すすきのなまら~麺」、現在では「忍者麺」というレンジでチンするラーメンの販売も始めた。2024年からは故郷に近い美唄市で、データセンターの熱を利用して北海道で初めて養殖したうなぎの販売もスタートする。干し芋工場もたぶん世界初。雪室で糖度を上げたさつまいもを茹で、雪室の冷風で乾燥させる。そうすると黄色い色がそのままの干し芋になる。
コロナ禍でマスクが手に入らない時、忍者麺で友情の芽生えたマレーシア人とすぐさまオリジナルマスクを170万枚製作、輸入した。北海道では感謝の嵐だった。
「取るに足らない仕事」を、本気でやっている
彼の仕事をビジネスコラムで取り上げるとしたら、「マルチパーパス経営」とか「多角化によりグロースする地場の中堅企業」などと表現するかもしれない。
しかし、実態はそんなカッコいいものではない。小さな仕事、取るに足らない仕事だ。手間ばかりかかって収穫は少ない仕事だ。だが、彼はつねに現場の最前線にいる。毎日、いずれかの仕事で何かトラブルが起こるとその場で解決する。問題の解決が彼の仕事だ。
だが、考えてみてほしい。世の中のサービス業の人間がやっていることは、どれも松田一伸がやっていることと変わらない。
みんな、小さな取るに足らない仕事をやっている。日々、問題を解決しながら懸命に生きている。
サービス業の仕事は、MBAを持ったエリートたちから見れば取るに足らない仕事かもしれない。それでもわたしたちサービスパーソンは朝早くから夜遅くまで働いている。エリートたちに「生産性向上うんぬん」と評論される覚えなどない。
わたしたちは流れに逆らうボートだ。オールを手に持ち、精一杯の力で漕ぎすすめている。松田一伸はわたしたちの代表だ。流れにのまれ、岩にぶつかり、激流に翻弄されながらもDJになる夢を捨てなかったから。
(注:「作家、ジャーナリストは接客業(サービス業)だ」池島信平 かつての文藝春秋社長)