メリットよりデメリットの回避をアピール

プロスペクト理論が証明した私たちの「損を回避したい」傾向を理解していると、交渉時の大きな武器となります。

相手に条件を提示するとき、得られるメリット(利得)よりもデメリット(損失)が避けられることをアピールするのです。

たとえば、経営者向けにシステム導入を検討してもらう交渉で考えてみましょう。システム導入による利得と防げる損失の額が共に1000万円程度であれば、売上げ(メリット)が伸びることよりも、人材採用コスト(デメリット)を抑えることのほうをアピールします。

×「このシステムを導入することで御社社員のみなさまのやる気が高まります。結果、売上げが1000万円伸びたという事例があります」
○「このシステムを導入することで御社社員のみなさまの離職率が下がります。結果、人材採用コストを1000万円抑えることができたという事例があります」

このアプローチは、利得と損失の金額がほとんど同じになる場合、特に有効です。逆に、メリットをアピールしたほうが効果的になるのは、金額ベースで利得の額が損失の1.5〜2.5倍程度になってからという研究報告があります(Novemsky & Kahneman,2005)。

ですから基本的には、「得しますよ!」よりも「損しませんよ!」の選択肢のほうが交渉を優位にしてくれるのです。

リスクに対する捉え方は2通り

ちなみに、メリットやデメリットを比較するとき、欠かせないもう1つのキーワードが「リスク」です。実は、リスクの捉え方は人によって大きく変わってくることが心理学の研究で明らかになっています。

社会心理学者であり、コロンビア大学モチベーション・サイエンスセンター副所長のハイディ・グラント・ハルバーソン博士は自著でこう述べています。

“リスクを「獲得のチャンス」と捉えるか、「回避する対象」として捉えるか。この2タイプの人間がいます”

前者の捉え方は「獲得フォーカス」、後者は「回避フォーカス」と呼ばれ、人はリスクに対して「挑戦することで動機づけられる」か、「避けられることで動機づけられる」か2つのタイプにわけられるのです。

これは、どちらのタイプがよい悪いというわけではありません。本書で述べている「事前に相手の情報を集める」を思い出してください。

ポイントは、交渉の前に相手が「獲得フォーカス」タイプなのか、「回避フォーカス」タイプなのかを見極めることにあります。そのうえで、相手のタイプに合ったリスクの提示の仕方をすると、交渉が優位に運ぶ確率が上がるのです。