運命の人との出会い
金沢で知り合った小山さんの働くアラメダでの研修は順調だった。スペイン語も英語も話せなかったが、料理をする上でそこまで不便を感じなかった。困ったときは、先輩の日本人シェフが助けてくれた。研修期間の3カ月がたち、正式雇用が決定。ビザの準備をするため日本へ行き、再びスペインへ戻ってくることとなる。
それから半年後、小山さんから「バーベキューのすごく良い店があるから行ってみよう」と誘われ、店から車で約1時間の場所にあるエチェバリに行った。
エチェバリは、ひとり当たりの価格が264ユーロ(日本円で約4万円、レートは執筆当時)。時には予約6カ月待ちになる超有名レストランだ。オーナーシェフのビクトル・アルギンソニスは、とことんまで素材にこだわり、ガスなどは一切使わず薪の熾火のみで料理する薪焼きの名手であった。
前田さんは、薪で焼かれただけのシンプルなエビに感動した。塩すら振っていないのになんでこんなにおいしいんだろう。
「料理ってこれだ」
その出会いから前田さんの頭は、エチェバリでいっぱいになった。
舞い込んだ朗報
「ああ、アサドール・エチェバリ行きたいなあ」と、いろいろな場所で呟いていたある日のこと。料理人がひとり辞めることを耳にした。
「ここだ!」とばかりエチェバリに電話をかけた。「ビクトルに繋いで」と言うが、繋いでもらえない。1度、2度……何度かけても繋いでもらえなかった。なんとかしてシェフと話したい、どうにかならないかと焦る前田さんに一筋の光が差し込む。
「エチェバリで働く料理人の電話番号を知っているって人がいて。そこに電話したら直接、ビクトルと話ができて『じゃあ、1回話をしようか』と言ってもらえました」
ビクトルとの約束の日。
当時、車がなかった前田さんは、住んでいたオンダリビアからイルンまで自転車をこぎ、イルンから電車に乗り、サンセバスチャン経由でドゥランゴへ向かった。
ドゥランゴからは持ち込んだ自転車でアサドール・エチェバリがあるアシュペまでの山道を妻の奈緒美さんと共に、約40分かけて登った。片道合計およそ100kmの道のりである。