現在、さらにマーケティングは進化して、消費者の生活の中に入り込み、経験価値を重視したマーケティングが見られるようになってきている。
その好例が日本のチョコレート菓子市場で急成長を遂げたネスレのキットカットである。キットカットは従来から認知度が高く、低価格が魅力の商品だったが、それだけではほかに魅力的な商品が登場すると淘汰される懸念があった。
ネスレは、2000年頃からブランドの再構築を目指し、もともとのブランドコンセプトである「Have a break」に戻ることにした。とはいえ、これだけではわかりにくい。
そこで「Have a break」に関する状況写真をたくさん集め、キットカットが消費者の生活の中でどのような位置づけにあるのかを観察調査した。
その1つの答えとして探り当てたコンセプトが「ストレスからの解放(ストレス・リリース)」である。ちょうどその頃、九州のあるスーパーから一本の問い合わせが入った。
「九州ではきっと勝つを『きっと勝つとぉ』と言うので、キットカットが受験の願掛けで購入されている。ついては語呂合わせの販促はできないか」
これを受け、キットカットは受験生やその家族のストレスを和らげるのに役立っていると経営陣は考えた。そして受験シーズンこそコンセプトの新たな提案の場と判断し、消費者との新しい関係づくりを図った。
まず、ある東京のホテルの協力を得て、宿泊する受験生に応援メッセージカードを付けてキットカットを配ったところ、受験生はもちろんホテルマンからも大好評だった。
この成功を受け、受験生に向けた様々なキャンペーンが展開された。ホテルでのサンプリングをはじめ、鉄道会社では車両の内外をサクラとキットカットであしらった電車を走らせ、東京大学のある本郷3丁目駅周辺では「きっと、サクラサクよ」キャンペーンが繰り広げられた縁起のいい紅白パックやパッケージにサクラをデザインした受験生応援商品のほか、多様な新商品も発売されるようになった。
こうしてキットカットは価格の維持や付加価値の獲得という当初の狙いが満たされただけではなく、消費者の新しい消費経験づくりや「縁起物市場」という新しい市場をも創造することに成功したのである。
キットカットのマーケティングには、「経験価値マーケティング」と名付けられる新しい形のマーケティングの特徴が含まれている。その特徴とは次に挙げる4つである。
・情緒的価値の強調
・カテゴリー概念の放棄
・消費者インサイトの探索
・マーケティング手段としてのデザイン
未曾有の不況の中、相も変わらず既存カテゴリー内で性能競争に明け暮れてもジリ貧に陥るだけだろう。製品だけでなくその機能、そして経験価値という観点からマーケティングを見直し、新たな価値と市場の創造に取り組むことが重要である。