有り金は全部“推し”に使ってしまおう

“推し”とは、自分が特に愛し時間やお金や労力を使って応援する人間やキャラクターのことを指します。

“推し”なんて言葉初めて聞いた、という方はとりあえず『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(平尾アウリ、徳間書店)というアニメを観るか、その原作のマンガを読んでみてください。

主人公の「えりぴよ」は七人組の地下アイドルChamJamのメンバーの一人、市井舞菜の“推し活”の活動費のために私服を売り払っていつも赤いジャージを着ています。“推し”のために、時間もエネルギーもお金もできる限り使うのが“推し活”の心意気です。

「“推し活”? バカなの?」と思うかもしれません。そう思うのも無理もない気もしますが、他人に尽くす博愛、慈善、献身の心を学ぶ修行だと考えると、なんだか有難く感じてきませんか。実は「アイドル」という言葉はもともと「偶像」という意味です。

また“推し”のもともとの意味は推薦で、他人にもすすめることですが、“推し活”では「布教」と呼ばれます。“推し活”とは実は宗教的行為、修行なのです。

“推し活”の宗教性は、似たような別の行為と比べるとよくわかります。“推し活”では地下アイドルのライブに必ず顔を出し、チェキ券を買って握手を求めたりするので、付きまとい、ストーカーに似ている面もありますが、ストーカーが付きまといにお金をいくら使っても相手には何の利益もなくただ気味が悪い思いをさせるだけであるのに対して、“推し活”の場合、相手の収入になって喜ばれます。

コンサート
写真=iStock.com/gilaxia
※写真はイメージです

相手にお金が入る、という意味ではホストやキャバ嬢にはまるのにも似ています。しかしホストクラブや、キャバクラの場合、自分だけが愛されているという幻想、見返りを求めますが、“推し活”ではせいぜい握手して写真を一緒にとってもらうぐらいで、原則的に見返りなしに一方的に愛を捧げます。

それにホストクラブやキャバクラと違い、“推し活”は相手を独占しようとせず、むしろその素晴らしさを布教します。“推し”も防弾少年団(BTS)の「アーミー」クラスになると世界を変えるぐらいの力を持ちます。

無意味な人生に少し張り合いが生まれる

精神分析で、リビドーという動物的、本能的な生=性のエネルギーを制御することで芸術、宗教、哲学などの文化に作り変えることを「昇華(sublimierung)」と呼びます。

“推し活”で見返りを求めない一方的献身と“推し”を絶対的に肯定し人々に夢と理想を広める心を学び、それを普遍的人類愛、創造主への帰依にまで昇華することができれば、それは素晴らしいですが、そこまで求めることはありません。

自分が推している(応援している)アイドルでも俳優でもアニメのキャラクターでもVチューバーでも、なんでもいいですが、見返りを求めず自分の時間やお金を“推し”と呼ばれる対象につぎ込むというのは、それだけでも一番良い時間やお金の使い方ということができます。

“推し”を持つことの楽しみは、その人やキャラクターの成長や活躍を追いかけることができる点にあります。彼らが目標に向かって努力し、時には苦境に立ち向かう姿を見ることで、私たち自身も勇気や希望を得ることができます。

また、“推し”の活躍によって感動や喜びを共有することで、この無意味な人生に少しは張り合いが生まれます。

加えて、“推し”を持つことで、同じ“推し”を持つ仲間との交流が広がります。SNSやファンクラブ、イベントなどを通じて、“推し”が同じである仲間たちと出会い、情報や感想を共有することができます。

こうした交流を通じて、新しい友達や仲間を見つけることも可能ですが、無理に人間関係を広げる必要はありませんので、それで“推し活”がさらに楽しくなる人はそうすればいいのです。