「たいしたことじゃない」公然の秘密
筆者にとっても、ジャニー喜多川氏による少年たちへの性加害疑惑は、決して初めて聞く話ではなかった。ジャニーズ事務所創立初期のグループ、フォーリーブスの元リーダーであった故・北公次氏がジャニーズ事務所の裏側を暴露した『光GENJIへ』が刊行され社会現象となったのは1988年。『週刊文春』が1999年から行ったジャニーズ事務所の性的虐待報道キャンペーンもリアルタイムで読んでおり、頭の片隅に「ジャニーズ事務所とは、そういうところである」という認識がいつもあった。
そういえば『光GENJIへ』が世間で騒がれていた、今から35年も前、光GENJIの大ファンだった同級生は「ファンクラブのお姉さんたちが言ってたけど、そんなの嘘だって! ジャニーさんはジュニアの子たちにお金をかけて大切にして、ちゃんと礼儀正しいアイドルに育ててくれる、すごい才能のある人なんだって!」と澄んだ目で力説していたっけ。
あの頃の日本は、懸命に「そんなの嘘」と言い張り、仮に本当にあったとしても「そんなのたいしたことじゃない」「そもそもジャニーさんはアイドルを見いだす才能のある、優しくていい人」と無視し続けていたのだ。
日本において、この件は長らくジャニーズ事務所の「公然の秘密」だった。みんなそういうことがあるらしいと知っているけど、世の中の大人たちが大騒ぎしないから、どうやらたいした話じゃないという認識。大人の男の人が未成年の男の子(女の子)に対して性的なことをする、芸能界ってそういうことが起こってもわりとオッケーで当たり前なんだな、と刷り込まれる(非)常識。
そもそも当時の表現では「性的加害」や「性的虐待」という強くシリアスな言葉ではなく、「性的いたずら」と書かれていた。「大丈夫大丈夫、たいしたことじゃないから」とでも言うように被害の実態を覆い隠す、軽い響きだ。
BBC記者は「性的虐待のサバイバー」と呼んだ
ところが逆に、BBCのアザー氏は、番組で証言したジャニーズ事務所の元少年たちを「性的虐待のサバイバー」と呼んだ。サバイバー。被害を乗り越え、生き残ってきた者たちという意味だ。
ドキュメンタリー番組の中で、当時13~16歳だった証言者たちは、自分の身に起きた「合意などない明らかな性被害」を(時に涙を流して)話しつつも、「でも、今でもジャニーさんのことは好きですよ」「お世話になったので」「素晴らしい人、アーティストです」「僕にとっては、そこまで大きな問題はないです」と締めくくる。