音が聞こえなくても、視覚や触覚で音を理解する

【今井】私たちの研究分野で、言語のはじまりは、音の模倣だろうという仮説があります。音で、世界を模倣するところからはじまったのだろうと。

これに関連して、近年、私が行った実験で、面白い結果が出ました。聴覚に障がいをもつ方々にご協力いただき、対象物に触っていただいて、その触感と提示されたオノマトペが一致するかという実験をしました。

びっくりしたのは、みなさん、聴力がなくても、音と対象のつながりの良し悪しを、健常者とほぼ同じように判断できるのです。実験前、聾者にとってオノマトペというのは、普通の副詞と変わらないだろうと思っていました。でも、実はそうではなかった。非常に身体に根ざしたものなのだろうということがわかりました。

【為末】つまり、オノマトペは視覚的、触覚的な感覚とのつながりが強く、みんなが同じようなイメージをもっているということなのでしょうか?

【今井】オノマトペが、というより、音象徴が、ということなのですが、聴力がなくても、口の運動や、ものを触った時の感覚で、音と意味のつながりがわかるというのは、つまり、視覚や触覚の属性を、口で模倣することによって、音象徴が生まれるのではないかという推論の証拠と考えられるのではないかと思っています。

【為末】なるほど、面白いですね!

木製の文字で単語のアルファベット
写真=iStock.com/patpitchaya
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音の模倣に「記号性」が加わり、ことばになった

【今井】言語の進化について少しお話をすると、最初は単なる音の模倣で、ジェスチャーとあまり変わらないようなものですが、ことばとジェスチャーのいちばんの違いは記号性にあります。

記号というのは、システムの中ではじめて意味をなすわけです。つまり、ジェスチャーは単体でわかりやすいのですが、一方、記号は、記号A、記号B、記号Cをどのように区別するかということによって、A、B、Cの意味が生まれます。

そのようにシステムが生まれ、記号の弁別、つまり差異というものが、それぞれの意味にとって、とても大事なものになっていくと、ことばの抽象度が上がります。でも、そうした過程について、言語全体を真正面から受け止めて分析しようとすると、対象が大きすぎて、つかみどころがありません。その点、オノマトペというのは、言語を理解するうえで、こじんまりしていて、切り取りやすいのです。オノマトペもことばであり、日本語では、オノマトペ語彙のシステムがあるからです。