幕内家のタブー

筆者は、家庭にタブーが生まれるとき、「短絡的思考」「断絶・孤立」「羞恥心」の3つがそろうと考えている。

不倫に走った幕内さんの母親と実の父親は、確実に短絡的思考の持ち主だ。実の父親は、単身赴任先(国立病院)で魔が差したのかもしれないが、母親は何度かの中絶と流産を経験した後に幕内さんを出産していることから、不倫関係は長期にわたっていたことが想像でき、幕内さんの母親は自業自得とはいえ、精神的にも身体的にも、長い間苦しみを味わってきたことは想像に難くない。

幕内さんを出産後、母親は継父と見合い結婚するが、ろくに働かない継父の代わりに生活費を稼がなくてはならなかった。

母親には、親身になってくれる友達がいたようには思えず、幕内さんが生まれたばかりの頃、幕内さんを世話したのは母方の祖母ではなく、母親の一番上の兄嫁だったということや、子どもの頃、「祖父母を頼れなかった」と語る様子から、自分の実家とも良好な関係があったようには思えない。母親は、幕内家は、社会から断絶していたのだ。そのうえ、継父が犯罪を犯し、刑務所に入ったことで、ますます世間から孤立していく。

そして幕内さんは、自分の出生が不倫だったことに羞恥心を抱かずにはいられなかった。なぜなら、物心ついた頃から母親から虐げられ、継父から罵倒され、妹からも「不倫の子」とさげすまれて生きてきたのだ。幕内さんが生まれてこの方、誰にも生まれ育った家庭のことを相談しなかったのはきっと、これ以上惨めになりたくなかったからではないだろうか。

小さな子供に話しかけている女性
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです

共依存の呪い

アメリカにわたってからの幕内さんは、アメリカに残りたいがためにろくでもない相手と結婚し、苦労を強いられた。シングルマザーとして生きていくために、学費返済不要のスクールへ通い、3年で卒業。オレゴン州のヘルスケアライセンスを取得した幕内さんは、メガネ技師などをしながら、2人の子どもを大学まで出した。40歳で住宅をローンで購入し、49歳のときに、病院や施設で精神病や依存症患者をサポートする仕事に就く3歳上の男性と再婚した。

「母には、『愛してる』とか、『大事な子』とか言われたことも、抱きしめてもらった記憶も、どう考えても一度もないです。電話で『どうして私だけ、要らない子どものように扱ってきたの?』と2度ほど聞き出したことがありますが、一度目は、『あんたを強い子に育てようと思った』。2度目は、『ごめんね、そんなことをしたなんて、覚えてないけど、悪いことをしたね。ホントにごめんね』と言われました。今さら謝ってもらっても、むなしいだけでした……」

現在幕内さんは、住宅を2軒購入し、1軒に住み、1軒は賃貸にして家賃収入を得ている。

「私は、世間的にはそれなりの成功はできたのに、いまだに時折、『自分は生きている価値のない人間だ』と思います。母と妹から『何をさせてもダメ』『本当に情けない人間』『死んでしまえ。でも家族に莫大な請求がくるから電車には飛び込むな』と言われ続けたことが呪いみたいに頭から離れません。何よりも、あの母の血を引いていることを思うと、自分が嫌で堪らなくなります」

母親から苦しめられ続け、血筋から嫌悪しているにもかかわらず、それでも幕内さんは今も、母親に囚われ続けている。

「母を恨んではいないです。かわいそうな人だと思います。一応親ですから、自分が年老いたときに子どもから同じことをされたら……と思うので、やはり知らん顔は人としてできないです。80歳を過ぎた母にもしものことがあれば後悔すると思うのですが、どうすればいいのか迷っています……」

妹は、コロナ前から母親とも連絡を絶ち、音信不通状態。幕内さんが従兄弟に母親の様子を見てくれるよう頼んだところ、母親の家はゴミ屋敷のようになり、足の踏み場もない状態になっていたという。

「知らん顔はできないとはいえ、今はホテル代と飛行機代が高くて帰国するのは経済的に難しいですし、もしまた母にひどいことを言われたらと思うと、もう二度と立ち直れないような気がしていて、会うのが怖い気もします。どれだけ地理的に離れても、長い時間が経っても、いまだに彼女の呪いから逃れられません……」

20年以上、遠く離れて暮らしているが、母親のことが気になって仕方がない幕内さんは、明らかに母親と共依存関係にあるように見える。50代になった今も、「母親に認めてほしい」し、「母親から愛されたい」のだろう。母親の血筋を嫌悪し、これまで受けてきた母親からの仕打ちをひどいと批判している反面、母親を見捨てられないのはそのせいだ。共依存の呪いは根深い。

さらに幕内さんはおそらく、日本を出て約30年も経っているにも関わらず、『子どもは年老いた親の面倒をみるものだ』という日本社会がかけた呪いにも惑わされているように思う。

そもそもこの“呪い”には、“親が果たすべき責任を果たした場合”という前提条件がある。子どもに対し、親が親の責任や義務を果たしていないのならば、大人になった子どもが年老いた親を世話する道理はない。少なくとも、親の面倒をみるかみないかは、当然、子どもが判断すれば良いことであり、社会が決めることではない。

だが、もしも母親がたった一人で亡くなった時、自分が世話をしなかったことを後悔することが嫌ならば、日本よりも長くアメリカに生活の拠点を置く幕内さんの場合、母親を信頼できる施設に入れるか、母親を自分の側に呼び寄せるなどの行動に移すかの2択になるだろう。

シンプルに考えれば、“捨てる”も“拾う”も問題は自分の納得次第。どちらにせよ、選択するのは自分自身だ。

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