結婚しない、または子供を作らない人が増えている。東京大学教授の小林武彦さんは「生殖本能の強い野生動物でも、子を作らない個体は存在する。全長10メートルを超える大型のザトウクジラのオスは、メスと共に長いお見合いの旅に出るが、選ばれて交尾できるのは多くのオスの中から1頭だけだ」という――。

※本稿は、小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

ジャンプするザトウクジラ
写真=iStock.com/DaBearMedia
※写真はイメージです

ザトウクジラのオスはラブソングを歌って求愛する

生物は、基本的には3種類に分けられます。どなたでもすぐに思いつくのは、メスとオスです。これは産む性と産んでもらう性ということになります。さらにこれに子供が加わり、3種類となります。ただ、産む性と産んでもらう性という役割は、全ての個体が産んだり産ませたりに関わるわけではもちろんありません。

たとえばザトウクジラは、繁殖期になると1頭のメスを追いかけて10頭くらいのオスが旅に出ます。ザトウクジラは「歌うクジラ」としても有名です。歌うのは繁殖期のオスのみです。長い歌は30分近くあり、しかも複雑で、毎年新曲が出ます。

クジラの歌は、マイクなし、もちろんエコーもなしで遠く数千キロメートル先まで届きます。数千キロメートルというのは、日本列島の端から端(最東端は南鳥島から最西端は与那国島までが約3000キロメートル)くらいの距離です。すごい声量ですね。

ザトウクジラは、繁殖期に寒い海(北極海)から暖かい海(ハワイ沖)に何千キロメートルも旅をします。その間ずっと歌っています。

ここからは、私の想像で多少脚色が入っています。この長旅の意味は、メスにとってどのオスと交尾しようかと「見定め」の期間なのだと思います。多数のオスに追いかけられるのは、おそらく悪い気もしないのでしょうか。

オスはあえてライバルを集めメスと旅しながら競い合う

一方、オスにとってこの長旅の意味を理解するのは、結構難しいです。あくまでも想像ですが、オスは非常に紳士的で、抜け駆けはしない。ライバルとなるオスたちをわざわざ集めてから競い合うのです。そんなことをしたら確実に自分の交尾の可能性は低くなるのに、あえてそれをするのです。

進化の結果こういうシステムになったわけですから、ここに至る過程では、こんな面倒くさいことをしない集団もいたのかもしれません。しかし、それらは滅びて、この面倒くさいイベントをするグループが生き残ったのです。子孫を残すのにいいシステムだったのでしょうか。

オスにとってみても、オス同士で競争するのは楽しくなくもないのかもしれませんね。オス同士の会話:「彼女、魅力的じゃない?」「だよねー」「よし、みんな集まれ! 競争だ!」的な。