ヒトだけが生理的な寿命を超えられた理由
リーダーであるシニアに多くの技術や知識が蓄積され、それらが引き継がれていく過程で、社会における「分業」が生まれ、それはどんどん高度になっていきます。食料の供給・分配なども円滑になり、生産性は向上し、より安定した豊かな社会が作られ、文明がさらに発展しました。それまでの自給自足的な生活では、大部分のエネルギーを「生きるため」に費やさないといけませんでした。つまり一日中食料の調達や身の安全について考えていないといけなかったのです。
それに対して分業社会では、自分の担当分だけをやっていればいいわけで、かなり楽です。毎朝のように魚釣りや狩りに行かなくても、それを専門としている人から間接的に調達できるのです。全てを自分でやらないといけないとなると、さまざまな不安要素は出てくると思います。その点、分業は共同体の構成員のストレスを減らし、精神的にも肉体的にも余裕を作るのです。
一方で、分業の難しいところもあります。それは誰が何をやるのか、担当者を決めることです。子供はよくおもちゃを取り合って喧嘩します。大人でも、ラクで楽しい役割につきたがるのが普通です。子供の喧嘩に対しては、大人が出てきて仲裁します。通常は、仲良く順番に遊びなさいと伝えたり、別のおもちゃを与えたりします。このような調整役がいないと、分業社会は維持できません。
それぞれの役割を果たすための調整役としてのシニア
その調整役としては、子供に対しては大人、大人に対してはシニアが適任です。より経験や知識のある大人、しかも分業による不平不満を聞いて解消できる大人。さらにここが重要ですが、私欲が少なく、全体の利益を中心に判断と説得ができるシニアが最適だったのです。
元々シニアは誰かの親だったり祖父母だったりするわけで、ある意味、逆らえない存在でもあるのです。その分うっとうしく思われることもあるかもしれませんが、このような「御意見番」的立場の人がいるほうが、集団としてうまく機能してきたのは容易に想像できます。つまりシニアには、大きくなっていくコミュニティの中で、一番のリスクである「仲間割れ」を最小限に食い止める調整役という「居場所」があったわけです。
まとめますと、シニアは人の集団を大きく強く豊かにするのに貢献しました。そのような集団ではさらにシニアの役割が増大し、シニア量産の正のスパイラルに突入したわけです。そしてこの大事なお役目により、元気なシニアがいる集団が選択され、シニアは本来のゴリラやチンパンジーと同じくらいの「生理的な寿命」をものともせず、生殖可能期間が過ぎても元気に生き続けるように進化したのです。