ロシアのウクライナ侵攻について、様々な報道がある。元外交官の宮家邦彦さんは「中には陰謀論に近い言説もある。情報を正しく判断するにはポイントをおさえる必要がある」という――。

※本稿は、宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

壁に描かれたウクライナの国旗と兵士のシルエット
写真=iStock.com/Tomas Ragina
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専門家たちは「侵攻はあり得ない」と分析していた

ロシアのウクライナ侵攻開始前、多くのロシア専門家は「侵攻などあり得ない」と分析していました。なぜ彼らは侵攻を正確に予測できなかったのでしょうか。

不勉強? とんでもない。彼らはプーチンという人物の人となりを詳しく調べ、かくも冷徹で狡猾なプーチンが、ロシアを崩壊させるようなバカな戦争を始めるはずがない、と結論付けました。

専門家たちの最大の誤りは、プーチンも「人の子で、間違える」ことを予測できなかったことです。

なぜプーチンは判断を誤ったのでしょうか。驕り、怒り、老化など様々な説がありますが、私の仮説は、プーチンがロシアの民族主義イデオロギーに固執するあまり、国家と国民の長期的利益を犠牲にしたから、というものです。

一般に、政治指導者の判断ミスは「高く」付きますが、特にその指導者が絶対的独裁者である場合、その判断ミスを矯正することは事実上不可能に近いので、非常に厄介です。

プーチン大統領の4つの誤算

プーチンの誤算は大きく分けて4つあります。

第1の誤算は、ロシア軍の能力不足とウクライナ軍の大善戦でした。自分が生まれた故郷を守るウクライナ人と他国を侵略するロシア人では、戦う意欲、すなわち兵士の士気のレベルが違うのも当然でしょう。

第2の誤算は、ウクライナに対する間違った歴史認識です。ウクライナは元々独立国で、「ロシア化」したのは18世紀以降に過ぎません。皮肉なことに、ウクライナという民族国家を初めて作ったのは他ならぬプーチン自身だったのです。

第3の誤算は、プーチンの予想を超えたNATOの結束力でした。NATOはソ連崩壊後、同盟に不可欠な「敵」を失いました。ところが、ロシアはNATOに不可欠な「敵」として復活し、NATOの存在意義を回復させてしまったのです。

第4の誤算は、ロシアの情報戦能力の貧弱さです。ロシアは2016年のアメリカ大統領選挙でそのサイバー「攻撃」能力の高さを世に示しましたが、今回はアメリカの情報戦攻撃の前に、そのサイバー「防衛」能力の脆弱ぜいじゃくさを露呈しました。