老後破綻

2020年、コロナ禍になると、桂木さんが実家に行くのは半年に1回程度に減ったものの、世の中がコロナに慣れていくのに比例して徐々に回数が増え、現在は2カ月に1回程度まで増えた。

そんな2023年2月のことだった。実家を訪れた際に、67歳になった母親が言い出した。

「TVで最近やってるリバースなんちゃら? やろうかとお父さんと話してるねん」

桂木さんは、「リースバックとかいうやつやんな。大丈夫なん? ちゃんと調べてからにしいや」と言い、帰宅したあと、念のため妹に、「お母さん、TVで最近見るリースバックとかいうのしようとしてるで」とLINEをしておいた。

この頃、妹は建築系企業の会社で事務をしていた。

その10日後のこと。母親が妹に、「お金ないねん。今月お金足りないから10万貸してほしい」と電話をしてきた。

びっくりした妹が、「今月だけの話なん?」とたずねると、「とりあえず今月。来月はまだわからん」と曖昧な返事。そこで妹は、母親の家の収支を詳しく聞き出す。すると、しどろもどろながら、10万円貸しても返すあてがないほどの状況であることはわかった。

大量の1万円札
写真=iStock.com/Sean_Kuma
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「母は、2カ月分の年金をひと月だけで全部使おうとしていて、その月さえしのげたらいいと現実逃避しているようでした……」

桂木さんは妹とともに、現状把握のために早急に実家に行くことにした。次の休日、桂木さんが実家に行くと、母親はベッドでゴロゴロしており、少し前に着いた妹は散らかった家の中を片付けていた。片付けが苦手な両親は、家の中をゴミ屋敷のようにして暮らしていた。

桂木さんが寝転がった母親に、「保険の証券や、家のローンや車のローンの契約書を出して」と声をかけると、「どこにあるかわからんから、探してきて」とそのままの姿勢で言った。

この日、桂木さん姉妹の約9時間実家に滞在し、住宅ローンや車のローン、保険関係の書類を探したが見つからなかった。母親は、食事の時間を含め、約2時間しか起き上がってこなかった。

母親は67歳、継父は70歳。両親の年金は2人合わせて2カ月で約38万円。継父は3年ほど前に定年退職しているため収入はないが、45歳から介護施設でパートをしている母親には、月2万〜5万円の収入があった。収入は月20万円台前半ということになる。

対して支出はというと、実は両親は、10年前に新築一戸建てを購入し、2500万円の住宅ローンを組んでいた。継父は購入時60歳だったが、まだ働いていたため、住宅ローンを組むことができたのだ。継父も桂木さんも妹も反対したが、新しい家が欲しい母親は、少しも聞く耳を持たなかった。母親が住宅購入を強行したため、家のローンの返済が11万円あった。さらに、車のローンが約3万5000円。医療保険が約2万5000円。犬を3匹飼っているため、ペット保険が毎月1万1000円。そこに国民健康保険料や光熱費、インターネット代、携帯電話代などを加えると、すでに収入と同じか、超えるくらいになる。これにさらに食料品の宅配サービスやクレジットカードでの買い物などがあり、最終的な支出額は月40万円超で、家計の赤字は20万円を優に超えていた。

「母は私たちが収支を確認するまで、自分ではきっちり把握していない状態でした。今までずっと家計はこんな感じだったのでしょう。母は、足りなくなったら子どもたちから借りればいいと思っていたようです。返せるはずがないのに!」

30代の頃、小売業の会社に勤めていた継父は糖尿病になり、生活習慣を見直すよう主治医から再三注意を受けたが実行せず、40代からインシュリン注射を打つ生活に。50代になると心筋梗塞を起こし、入退院を繰り返すようになり、仕事を休みがちになった。60代の時には、真夏に裸足でベランダに出たせいで足にやけどを負い、その傷がもとで髄膜炎を発症し、片足の膝下を切断。いよいよ仕事が続けられなくなると思われたが、会社が事務仕事をさせてくれるようになり、退職せずにきたが、髄膜炎が完治せず、入退院を繰り返す生活が続き、そんな中コロナ禍に突入し、会社の経営が悪化したため、退職せざるを得なくなってしまった。

桂木さんと妹が来たとき、継父は糖尿病の合併症で約半年入院して退院したばかり。桂木さんが収支を書き出し、継父に報告すると、彼は何も知らなかったらしく、激しく驚き、そのあと落ち込んだ様子だった。

「退院したばかりなので、このストレスで倒れてしまわないかとても心配でしたが、父も母も、こんな事態でも自分たちで解決しようと動くタイプではありません。唯一の救いは、父が知らぬ存ぜぬと非協力ではなかったこと。とりあえずこの日は、両親に『不必要な物を買わないでほしい』と伝えて帰りました」