無理難題をこなす60点主義とは

とある遊牧地帯に共有の牧草地がある。私有地なら牧草を食べつくさないよう牛の数などを制限するが、誰もが利用できる共有地の場合、周囲の遊牧民は自分の利益を最大化するために牛の数を増やしすぎる。なんらかの規制を加えないかぎり牧草地は荒れ果ててしまうだろう。つまり個々の利益を最大化することで、全体の利益は損なわれてしまう。これが数学のゲーム理論でいう「共有地の悲劇」だ。

同じようなことはサラリーマン社会でも起きている。

サントリー宣伝部の若手社員時代、僕は部長以下いろんな上役・先輩から急を要する仕事や面倒な仕事、果ては困りごとの処理をやらされた。たとえば「日本酒業界の収益構造を知りたい。3日後までにレポートをつくれ」とか「明日の業界団体の集まりで社長がスピーチするから原稿を書け」という仕事が突然まわってくるのである。

あるとき、仕事を通じてお付き合いのあったマーケティングの大家、村田昭治・慶応大教授(現名誉教授)に自分の境遇を嘆いたことがある。村田教授は、なんだ、そんなことかという顔で次のように諭してくれた。

「君は幸せだよ。若いうちは経験することがすべて勉強だ。その点、君は次々と新しい仕事を覚えられて得じゃないか。会社だって、社員をつぶしたら損だから無茶はしない。それに君のところの部長は忙しいんだ。できないとわかっている社員に仕事を頼むわけはない。君は期待されているんだよ」

なるほどそうか。僕はラッキーな男なんだ。そう思うと、ふつふつとやる気が湧いてきた。