パート主婦や学生が被害を受ける!
最近まで日本とは無縁だと思われていた貧困問題や格差問題。ところがこの不況で、にわかに世間の注目が集まりだした。事実、厚生労働省の2009年の調査では、日本の相対的貧困率は15.7%と先進国のなかでは高い水準にある。
それを裏付けるように、テレビや新聞・雑誌などでは非正規雇用の若者が「この収入では結婚できない」と嘆き、母子家庭がかつかつの家計で暮らしている様子が紹介される。この人たちは国が定める最低賃金付近で働いているものと思われる。
だったら、最低賃金を引き上げればいいのでは――。有権者がそのように考えるのは、自然といえば自然なことだ。09年の総選挙で民主党が「最低賃金を時給1000円に引き上げる」という公約を掲げたのも、そのような民意が存在したからにほかならない。
最低賃金は都道府県別に決まっている。現状は629円(沖縄県など)から791円(東京都)までの水準で、全国平均は713円(※雑誌掲載当時)。与党・民主党はそこから一気に4割も引き上げるという。これで貧困や格差を是正できるのだろうか?
残念ながら確実な効果は期待できないと考えるべきだ。最低賃金引き上げによる影響は、次の2つに大別できる。
1つは、時間当たりの生産性が1000円を下回る人は職に就けなくなるということだ(図を参照)。被害を受けるのはアルバイト学生や久しぶりに仕事に復帰する主婦といったエントリー層(未熟練労働者)だ。この人たちはふつう仕事をしながら技術や勤労習慣を身につけていく。ところが就職できないので生産性を上げることができず、いつまでも就労できないという悪循環に陥る可能性が高いのだ。
時給1000円未満で働いていた人がすべて職を失うわけではない。その人の生産性が1000円を超えているなら、最低賃金の引き上げにともない時給が増える。代わりに雇い主の利益が減るだけだ。
ただし、これは一般的な例とはいいがたい。賃金が生産性を下回る場合、喜んで働きたいという人はいないだろう。生産性に見合った賃金を出してくれる職場があれば、そちらへ移ってしまう。したがって後者は、地域に働き口が少ない「買い手市場」のときにのみ成立する例外的なケースと見るべきだ。
もう1つの影響は、企業行動の変化である。生産性が1000円未満の人を雇えなくなるので、中長期的には、その人たちの仕事を機械で代替させようとするはずだ。どうしても機械化が無理なら、やむをえず時給1000円で人を雇うしかない。その差額をもし製品価格に転嫁できれば、物価全体が上昇するかもしれない。そうなればデフレが終息し、景気は上向く可能性がある。が、これは楽観的すぎるシナリオであり、実現の可能性は低いと見るべきだ。
ふつうに考えれば、生産性が1000円に達しない未熟練労働者の多くが失業し、失業が増えれば勤労者世帯の所得が減り、いよいよモノは売れなくなり、消費不況の度合いを深めるはずだ。最低賃金の引き上げは、貧困・格差対策として逆効果になるばかりか、景気にも悪影響を及ぼすおそれがあるのだ。
なぜ民主党はそんな政策を採用しようとするのか。おそらく最低賃金引き上げを財政コストがゼロの格差対策だと考えているからだろう。しかし失業者の増加などで、ゆくゆくは高い代償を支払わされる。貧困問題には教育の充実や給付付き税額控除の創設といった、税と社会保障を用いた所得再分配で臨むべきなのだ。
※すべて雑誌掲載当時