高速道路の無料化と並んで、民主党のマニフェストに記載されていた、人目を引く政策のひとつが、全国平均で1時間あたり1000円に最低賃金を引き上げる(ことを目指す)、というものでした。
私はこの政策が実現した場合、日本にとって極めて不幸な結果を招くのではないか、という危惧を抱いています。
最低賃金は都道府県ごとに違います。2009年度は、全国平均が713円で、最高額が東京の791円、最低額が佐賀・長崎・宮崎・沖縄の629円となっています。国平均の713円が1000円になるということは、最低賃金をもらっている人は40%も給与が上がる計算なのです。
さすがに都市部には、すべての従業員が最低賃金で働いている企業はないでしょうが、地方に行くと、数人の正社員を除き、それに近い状態の中小零細企業は少なくありません。そういう企業では全体の労賃が4割近くも上がります。最低賃金で人を雇わざるをえない企業は十分なお金を支払うだけの余力がない、つまり、儲かっていないから、そうせざるをえないわけで、ぎりぎりでやり繰りしていることも少なくないのです。そういう企業に対して、強制的な賃上げが国によって命じられたら、経営破綻は目に見えています。さもなければ、人員を減らすという選択になります。
賃上げがあった分、提供している商品の値段を上げればいいじゃないか、という人もいるでしょうが、もちろんそれは容易なことではありません。
いま、景気の悪さも手伝って、消費者物価がどんどん下落しています。デフレで明らかに需要が不足しているなかで、人件費の上昇分を商品の値段に転嫁することは、不可能なのです。
ではどうするか。企業は最低賃金の上昇によって増大した人件費分を削減するために、最低賃金以外の給料で働いている正社員の給料を下げるか、従業員の何人かを解雇することで、コスト増大を抑えるしかありません。それによって失業者が増える。それでも賃上げ分が吸収できない場合、経営者はどうするでしょうか。
そうです、製造業なら、中国やベトナムといった人件費が安い海外に工場を移します。その結果、最低賃金で働いていた人たちも職を失うという最悪の結果になります。これは国としても大きな損失で、高い人件費に悲鳴を上げて海外に出て行ってしまう企業が増えれば、産業の空洞化がさらに加速するのです。
一方で、容易には海外に出ていけない業種もあります。商店やスーパー、弁当屋、掃除代行といった第3次産業ですが、こういう産業では多くの企業で経営が難しくなるでしょう。
さらに民主党のマニフェストでは、製造業の派遣も原則禁止をうたっています。これと並行して「あらたな専門職制度を設ける」そうですが、その内容は明らかになっていません。いずれにしても製造現場への派遣がなくなれば、直接雇用することになるわけです。「同一労働、同一賃金」で、派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を徹底すれば、派遣労働者の待遇を上げるか、派遣先労働者、つまり正規社員の待遇を下げるかのどちらかです。前者の場合は企業にとってコスト高になり、景気の変動にも対応が難しくなります。そうなれば、中国やベトナムといった人件費の安い国へいま以上に製造業が移転する可能性があります。後者の場合は、「最低賃金引き上げ」の政策と明らかに矛盾が生じます。
いずれにせよ、法定最低賃金を上げたり、製造業派遣を禁止すれば、日本の産業はますます疲弊するでしょう。
次に考えなければならないのは消費への悪影響です。1000円未満の時給で働いている人たちに関していえば、最低賃金の引き上げによって懐が温かくなりますから、消費は活発になるはずです。ただし、その内訳はどうなるでしょうか。
最低賃金の引き上げによって所得が増えた人は、どんなものの消費を増やすでしょうか。もちろん車やブランド品ではありませんね。答えは生活に密着したものです。わかりやすいのが食べ物です。150円のカップ麺を食べていた人が180円のカップ麺を食べるようになるとか、あるいは肉や魚を食べる回数が増えるわけです。そうなると商店やスーパーの業績はよくなるかもしれません。