外交面では、国民の安全のために何が一番いいのかをプラグマティック(実利的)に追求しようとした。たとえば、ドナルド・トランプ前米大統領にはその当選後、いち早く連絡を取って親しくなった。日本国民にとってアメリカの大統領は重要な存在であるので、距離を詰めるのが得策だと判断したのであろう。

回顧録で各国首脳の印象について語る中で、トランプ氏に対する考察は特に面白い。世間では、彼はいきなり軍事行使をするタイプだと思われがちだが、実際は全く逆なのだという。「根がビジネスマンですから、お金がかかることには慎重」「お金の勘定で外交・安全保障を考える」と指摘し、莫大なお金がかかる米韓合同軍事演習は「もったいない。やめてしまえ」と主張していたという。そのような彼の人格を安倍さんは把握して、まるで子守をするような感覚で接していたのではないだろうか。バラク・オバマ元米大統領を「友達みたいな関係を築くのは難しいタイプ」と評したのと対照的である。

中国の習近平国家主席に対しては、「私の任期中、だんだんと自信を深めていった」「孤独感はものすごいあると思います」と述べている。特に当初は、中国と安定した関係を築こうと努力していた。習政権が台湾問題で立場を硬化させるまでは、安定した関係の上で、是々非々で言うべきことを言おうという姿勢だった。

日本国会議事堂
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一部のメディアが醸し出そうとする「安倍晋三像」と、安倍さんの下で仕事した人が感じた印象とでは大きな差がある。実際の安倍さんは明るい性格で、建設的な意見を述べ、常に前向きな指導者だった。安倍内閣の某閣僚によると、「安倍氏は目標を決めたとき、それを実現しようとする意志が徹底していた」と言う。

安倍さんと親交が深かった森喜朗元首相は、次のように語っていた。「1度でも息をかけた人やお世話になった人は大事にするし、決して裏切らない」。これは私もよくわかる。政策は得意でない国際的学者を紹介して、首相に時間を空費させてしまったことがあったが、お叱りを受けることはなかった。

根強い支持があった本当の理由とは

メディアには、安倍内閣の経済政策や外交政策について、はじめからダメなものと決めつける論調が一部で見受けられる。しかし否定派の人たちは、はたして安倍内閣のどの政策が国民に負担を与えたのかを、具体的に示すことができるだろうか。

私が内閣官房参与を務めた経歴から、多少のひいき目はあるかもしれない。しかし、安倍さんはアベノミクスで雇用を拡大し、多方面外交と防衛力強化を実践して、国民の安全を保障しようとした。病身に鞭打って政務や海外出張を続け、最後には一命を国民のため捧げたのである。

これについては中高年以上の世代と若い世代とでは評価が異なるかもしれない。アベノミクスの効果によって、有効求人倍率は大幅に上がり、若者たちは大きな恩恵を受けた。日本の安全がより重要なのも若者である。追悼集会などで若者が多くの花を手向けたのは、このような感謝の表明なのである。