桜庭和志だけが見えていること
例えば、“サク”こと桜庭和志くらいになると、試合中でも冷静に、自分が今、客席からどう見えているのかをイメージできている。
真剣勝負の最中にありながらも、「今、みんなはつまらないと感じているだろうな」「ここでこれをやったらウケるんじゃないか」という意識が持てているのだ。
ある試合で、サクから仕掛けて負けてしまったことがあった。私たちからすれば、そんな感覚は全くなかったのだが、試合後、サクは「会場が盛り上がっていなかったから、行かないといけないと思いました」と敗戦を振り返った。
サクの試合は、判定に持ち込まれることが少ない。何故なら常に、華麗に一本を取りに行こうとする、決着をつけに行こうとするからだ。ダメージを抱えていても、疲労困憊だったとしても、それでもファンの求めるものを優先的に選択して、実行できる稀有なファイターだ。
PRIDE時代、そういった学習能力の高い選手たちには、私の発言からその意図を汲み、それを具現化する者もいた。負けてもいいんだということに気づき、アグレッシブに行けるようになった選手もいる。
ヴァンダレイ・シウバがファンの心を掴んだ瞬間
ヴァンダレイ・シウバも、その一人だ。彼の試合を見たことのある人なら分かると思うが、彼はどんな形であれ、常に勝つことを強く意識していた。強い選手ではあったので、勝つ機会はもちろん多かったが、昔からアグレッシブだったわけではない。
けれども、2004年の大晦日かに行われた「PRIDE男祭り」で、対戦予定だったサクの欠場に伴い、直前に対戦相手がマーク・ハントに代わった。体重差のある相手に真っ向勝負を挑み、見事に散ったのだが、この一戦をきっかけに、ヴァンダレイは「負けてもいいんだ」「真っ向勝負こそがファンの心をつかむのだ」ということに、はっきりと気がついた。
そして、ヴァンダレイの人気は不動のものとなった。
直近でいえば、朝倉海。彼もまた、ファンが何を求めているのかを理解し、勝利を最優先させるのではなく、局面に応じた戦い方、繰り出す技の選択ができるセンスを兼ね備えている。あえて相手の土俵で闘う勇気が、海にはあるといっていい。
強さだけではスーパースターにはなれない。ある種の儚さや美しさも必要だし、それ以上に、相手と完全決着をつけるため、果敢に前へ出ることが求められる。そういう臆さない気骨がある選手こそ、業界を引っ張る人物となり得る。