社会や政治への問題意識を叫ぶ韓国文学は忌避される
洋書の出版コーディネーターであるイ・ジュヨン氏は、韓国で日本の小説が愛されている理由について、次のように説明する。
「韓国で最も大衆的な人気を得ている日本人作家を挙げると、村上春樹さんと東野圭吾さんがダントツですが、最近はほかにも若い日本人作家たちの『ヒーリング小説』と呼ばれるジャンルが人気を集めています。ファンタジーであれ、ロマンスであれ、ミステリーであれ、現代人が簡単に表に出せない寂しさをゆっくり癒やすような作品を指します。些細な日常が温かい目線で描かれていて、『疲れた自分を慰めてくれる』と若者を中心に評価されています。
いまの若者は、韓国の文学作品に目立つ、社会や政治に対する強い問題意識が苦手です。若者たちの間では“小確幸(ソファッケン)”という言葉が流行しています。そんな平凡な幸せを追求している20〜30代が日本の小説のファンになっています」
教保文庫関係者も「新型コロナウイルスのパンデミック以後、温かい空間を背景にそこに集まる人々の話を盛り込んだヒーリング小説が着実に人気を得ている」と分析。社会に疲れた韓国の読者は、本を通じて日常の慰めと安全を追求しようとする傾向にあるというわけだ。
ヒットのきっかけはまったくの謎…『人間失格』が100刷を突破
こうした感覚を裏付けるヒットが、前述の教保文庫のベストセラーに含まれている。12位にランクインした『人間失格』だ。日本で1948年に発表された同作は、小説部門のみならずベストセラー総合ランキングでも48位に入った。
韓国の文学系出版社から出された世界文学全集に収録されている古典の中で、このランキングの50位以内に入った小説はミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』(42位)と太宰治の『人間失格』の2作品だけだ。
『人間失格』が韓国で正式に翻訳出版されたのは2004年の5月。それが2021年初頭から突然人気に火がつき、現在は計6社が韓国語版を出版している。太宰治の死後70年がたち、著作権保護を受けなくなったためだ。
最初に翻訳書を出版した出版社「ミヌムサ(MINUMSA)」によると、初版刊行から18年後の2022年5月に100刷を突破し、販売部数も30万部を超えたという。だが、突然売れだした背景に対しては「人間失格ミステリー」という言葉まで登場したほど謎であるという。