ちょっとでも人の手が近寄るとカゴの中で暴れる
「よし! 入った‼」
モコ先生は思わずさけびました。まずはほかく器にいる猫たちに注射器で麻酔(鎮静剤)を投与するのですが、これがとても難しそう。野良猫は警戒してシャーシャーと鳴き、ちょっとでも人の手が近寄るとカゴの中で暴れるのです。
「失礼しますー。ごめんねー」と言いながら、モコ先生はほかく器の中の猫と目を合わせつつ、右手を猫の後ろ足のほうにもっていきます。静かに静かに、ほかく器ごしに注射器をブスリ。うまく入ると「よし!」とひざをたたき、猫が注射器からすりぬけてしまうと「あー」と、顔をしかめます。
もちろん猫にとっては、えさを食べようとほかく器に入ったとたん、カゴのとびらを閉められて、よくわからないこんな部屋に連れてこられたのですから、きょうふでしかないでしょう。
鎮静剤がうまく入って10分もすると、猫の目はトロンとしてきます。そしてもう一度、麻酔(筋弛緩剤)を打ち、さらに感染対策のための抗生剤も投与。麻酔が効いている時間はおよそ40分です。この間にすべての作業を終わらせなければなりません。しっかりねむったことを確認してから、メスはおなか、オスはこう丸の毛がりをします。ここは地域のボランティアさんが作業することも多いんですよ。
レントゲンやエコーなしで卵巣を探り当てる
それが終わると、今度は猫の耳先をVの字にカット。手術をした猫の目印です。V字に耳をカットした猫を“さくらねこ”と呼びます。痛そうに見えますか。麻酔をしているから大丈夫だと思いますが、本当のところは猫に聞いてみないとわかりません。
「でも、だれもがわかる目印がないと、手術済みの猫がまたつかまって麻酔をかけられてしまいます。最悪の場合、メスでは再度おなかを開ける手術になってしまうんですよ」
モコ先生は、地域の人たちにくり返し説明します。
そしていよいよ手術。
モコ先生の手術は、速いです。手術時間は、オスなら1分、メスの場合も10分以内。獣医師の間でも、「速くて傷口が小さい」と評判です。
大きく切れば獣医師としては見やすいけれど、縫合に時間がかかるし、麻酔の量もたくさん必要になって、猫に負担がかかってしまう。だからできるだけ傷口は小さく、出血は少なくなるように、とモコ先生はいつも思っています。レントゲンやエコーなど何もない状況で二つの卵巣を探り当てなければなりませんが、モコ先生はまるでそこにあることがわかっているかのようにうでを動かすのです。