「専門家助言組織」はどうあるべきか

――どのような内容を公表したのでしょうか。

【尾身】「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」というのが卒論のテーマです。これまでに述べてきた課題を踏まえて、「本来、専門家助言組織は、現状を分析し、その評価をもとに政府に対して提言を述べる役割を担うべきである。また、政府はその提言の採否を決定し、その政策の実行について責任を負う。そして、リスクコミュニケーションに関しては政府が主導して行い、専門家助言組織もそれに協力するという関係性であるべきである」と指摘しました。

リスクコミュニケーションとは、感染症など社会を取り巻くリスクに関して、行政、専門家、企業、市民などの関係者が正しい情報を共有し、それぞれ意思疎通を図って理解を深めることを指します。

前にも述べたように、20年2月当初、政府はクルーズ船内の感染対応に忙殺されていたので、大きな基本方針をまとめる時間的余裕がありませんでした。このため、我々専門家が基本方針案を作り、2月24日に政府に出しましたが、その案をマスコミに発表するよう求められたため、記者会見で説明しました。その後、会議があるたびに記者会見での説明が求められ、こうした形が定着し、私たち専門家がすべてを決めているように見える一因となりました。また、専門家会議が人々の生活にまで踏み込んだと警戒する人もいました。提言内容などについては専門家が社会に説明すべきですが、対策の最終決定に関するリスクコミュニケーションは、基本的には政府の主導で行われることが理想だと思います。

国の役割と責任を明確にすることを提案

【尾身】次なる波に備えるため、国の役割と責任を明確にすることを提案しました。専門家の役割はリスク評価をもとに取るべき政策案について提言することで、一方、政府はその提案の採否を含め、最終的な決断をすることです。

牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)
牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)

――西村大臣が同時刻に別途、記者会見しており、そこで「専門家会議を廃止する」と発言しました。

【尾身】私たち専門家の記者会見の最中に、記者から西村大臣の発言について聞かれ、私が「知りませんでした」と答えたことが大きな波紋を呼びました。私が知らなかったと言ったのは、我々の記者会見と同じ時刻に西村大臣が記者会見していて、「廃止にする」と発言をしたことを知らなかったと言っただけです。西村大臣は、私たちがまとめている見解の内容を知っていましたし、私たちも、政府が専門家会議を改組しようとしていたことを知っていました。

――それにしても西村大臣が、たまたま同日同時刻に記者会見をしたというのは不思議ですね。尾身さんら専門家の皆さんから問題点を先に指摘されて、それに従って政治が対応したと思われたくなかったので、同時刻に発表したのでしょうか。

【尾身】さあ、どうでしょうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、その辺の事情はよく分かりません。

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