その後、債務上限は繰り返し改定されていった。1960年以来、歳出増加の必要から、米議会は債務上限額を70回以上も引き上げている。その背景には、2大政党の対立がある。伝統的に福祉などの公共政策をよしとする、財政出動路線の民主党。「小さな政府」を掲げて、福祉予算の削減と財政均衡を求める共和党。政治思想が異なる2党の間で、引き上げが政争の具となって難航するようになった。

特に現在のように、大統領と下院多数派のそれぞれの政党が異なる「ねじれ状態」下では、下院多数派が債務上限の引き上げを拒むことで大統領の政策実行を困難にしようとする、ある種の瀬戸際戦術としても使われる。今回はケビン・マッカーシー下院議長(共和党)が、議長選挙で借りをつくった党内のトランプ支持急進派の意向を無視できず、ジョー・バイデン大統領(民主党)と対決することになった。

キャピトル・ヒルで手を振っているアメリカ国旗
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こうした戦術の元祖は、ビル・クリントン政権(民主党)時代のニュート・ギングリッチ下院議長(共和党)である。95年から96年にかけ、高齢者向け医療保険をめぐる両者の対立が長引いて連邦予算の執行が停止。のべ21日間にわたり政府機関が閉鎖される事態を招いた。

バラク・オバマ政権下の2011年にも債務上限問題が起き、ぎりぎりで与野党の合意が成立した。しかし、格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが米国債の格付けをAAA(トリプルエー)からAA+(ダブルエープラス)に格下げしたため、ドル不安から世界同時株安が発生。これ以後も2~3年に1度ほどの頻度で債務上限問題が浮上している。

今回は結局、23年5月31日に下院、翌6月1日には上院で、債務上限の適用を一時停止する法案が可決。米国債のデフォルトという非常事態は回避された。大統領にとって、国が破産する可能性という頭痛の種がなくなったのだ。そのため、安堵あんどした大統領と下院議長がお互いに相手を褒め合うという、めったに見られない光景が見られた。それから1週間後には、トランプ前大統領が退任時に機密文書を持ち出した嫌疑で起訴され、メディアの関心はそこに移っていった。

まず「財政赤字=悪」の常識を疑え

債務上限の騒動を見ていると、「本当に財政赤字は悪なのか」といった根本的な議論が欠けているように感じる。「人や会社が破産するのは望ましくない。だから政府も破産を絶対に避けなければならない」という説は一般的に理解しやすいようだ。

しかし、このような議論は国に対して必ずしも成り立つわけではない。役人の無駄遣いであったり、公共支出が大きすぎて総需要が増え、インフレになるほどの財政出動は許されない。だから一定の歯止めとして、債務上限が設定されていることは理解できる。しかし、債務上限の数字そのものは基本的にナンセンスであるというのが正直な意見だ。