財政均衡派が根拠にしているのは、19世紀初頭のイギリスの経済学者、デヴィッド・リカードの理論であろう。リカードは、公債や税がマクロ経済に与える効果は中立だと主張した。政府が国債を発行して歳出を拡張したり、減税を行ったりしても、「いずれその分は将来の増税や歳出削減で均衡させるだろう」と国民は予測して、それに沿って行動する。そのため、財政出動に効果はないから、財政は歳入と歳出を一致させ、規律をもって運営されるべきというわけだ。

一方、ロシアから米国に帰化して、ケインズと同時代に活躍した経済学者アバ・ラーナーは、財政は働く意志と能力を有する者がすべて雇用される状態、つまり完全雇用をもたらすように運営すればよく、そのためには財政赤字はあってもかまわないと主張した。さらに対外債務は問題だが、国全体を考えると国内での政府債務は借金ではなく、むしろ国内の所得分配の問題であるとした。もし償還のために増税が必要になっても、償還される人と課税される人は同時代に生きているので、国家経済全体で見れば「将来世代にツケを回す」ことにはならないとラーナーは唱える。

政府の赤字は気にすることはない

私もラーナーに賛成で、政府の赤字はそれがインフレを起こしたり、国富を減らしたりしないかぎり気にすることはないと考える。民間では借金を続けて返せなくなると、破産して経済行動を制限される。しかし、今回の一連の騒動でノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンが言及していたように、政府はそれが継続するかぎり借り換えればいい。また、通貨発行国であれば通貨を発行してもいい。自国の通貨を発行できる国は、それがインフレにならないように見守ればいいのだ。

なお、日本では、財政赤字により発行した国債は60年で完全に償還する「60年償還ルール」を財政法で定めた。財務省はこのルールが国債発行の歯止めになっていると弁護するが、将来、防衛費などで財政支出の必要が急に生じたとき、この規定は防衛政策の制約になるかもしれない。エコノミストの会田卓司あいだたくじ氏は、「国の債務を完全に返済するという考え方を先進国で持っているのは日本だけ」と指摘する。政府債務は将来世代へのツケではないという視点から、償還ルールの見直しを検討してもいい。

近隣諸国に追い越されつつあり、将来への展望がなかなか開けない現在、日本政府は財政赤字だけを心配していても仕方がない。むしろデジタル化への投資、将来を担う技術やシステムを革新できる世代の教育振興のために、十分な政府支出を行うことのほうが、はるかに大事である。

(構成=川口昌人)
【関連記事】
だれが何をやっても日本円は紙くずになってしまう…日銀総裁が「東大の経済学者」となった本当の理由
だから「日経平均はバブル期以来の高値」に…海外投資家が日本株に殺到している本当の理由
「日本の銀行は大丈夫か」1億円以上持つお金持ちは、すでにメガバンクに預金を移し始めている
非課税枠が年40万円→年360万円に爆発的拡大…2024年からの新NISAで知っておくべき基礎知識
「地域振興の目玉」リニアを妨害されているのに…川勝知事に誰も「遅延行為をやめろ!」と怒れないワケ