◆決断しない損

ロバは、左の道の先と右の道の先に干し草を見つけた。

ほぼ同じ距離、ほぼ同じ量の干し草が置かれている。どちらの干し草も美味しそうだ。

「どちらの干し草を食べるのがいいだろうか?」

ロバは迷った。左に二、三歩行くと、右のほうが良さそうに思えてくる。右に二、三歩行くと、左のほうが良さそうに思えてくる。

そんなことを続けているうちに、ロバはとうとう餓死してしまった。

分かれ道で迷う人
写真=iStock.com/SIphotography
※写真はイメージです

選択できずにその場を動かない危険性

フランス中世の哲学者であるジャン・ビュリダンが作った話とされている。ただし、出典は明らかではない。さて、この寓話をどう読むか。二つの読み方がありそうだ。

一つ目の読み方。ロバには二つの選択肢があった。第一は左側の道を進んで干し草を食べること、第二は右側の道を進んで干し草を食べることであった。ロバはどちらか一つを選べず、その場に立ち尽くして餓死した。

二つ目の読み方。ロバには三つの選択肢があった。第一と第二は先に述べたとおり、第三はその場にステイすることであった。ロバは第三の選択肢を選び、餓死してしまった。

どちらの読み方をするにせよ、客観的にみれば「その場を動かないという選択」をするのはどう考えても不利である。その場に居続けたのではお腹を満たすことができない。どうしてロバはその場を動かなかったのだろうか。

それはロバの前に「選択の壁」が立ちふさがったからだ。では、ロバはその壁をなぜ突き破れなかったか。二つの理由が考えられる。

戸田智弘『人生の道しるべになる座右の寓話』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
戸田智弘『人生の道しるべになる 座右の寓話』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

一つ目は左右どちらかを選ぶための明確な理由が見つからなかったことだ。干し草までの距離も、その量と美味しさも同じように見えたのだろう。

二つ目は「選択を誤ってしまうかもしれない」という恐れが生じてきたことである。どちらか一方を選んで行動に移してみたものの、「こっちよりもあっちのほうが良かったのでは?」という後悔の念が沸き起こることを恐れたのだ。

「選択の壁」を前にしたロバは動くことができず、その場に立ち尽くすしかなかった。未来を予見する神の視点――話を最後まで読んだ読者の視点――からすれば、その場を動かずに餓死するくらいなら、どちらかの道を選んで干し草を食べたほうが良かったと思うだろう。しかし、ロバだって空腹の果てに餓死するとまでは思っていなかった。

この寓話は、何かを選択することの難しさと同時に、何も選択できずにその場で立ち尽くしてしまう危険性を教えてくれる。人は人生の節目節目で大きな選択を迫られる。そういう場合、その場を動かないほうが良いというケースはあまり多くはない。

出典
「ビュリダンのロバ」:『100の神話で身につく一般教養』(エリック・コバスト著、小倉孝誠、岩下綾訳、白水社)、『人生の価値 それとも無価値』(ひろさちや著、講談社)を参考に著者がアレンジ。
「成功の秘訣」:『英語で「ちょっといい話」』(アーサー・F・レネハン編、足立恵子訳、講談社インターナショナル)
「大嫌いなサンドイッチ」:『癒しの旅』(ダン・ミルマン著、上野圭一訳、徳間書店)

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