だが、現在中国の賃金は上昇しており、中国の安い賃金が競争力を維持する時間はそれほど長くないといわれている。それと同時にタイ、ベトナム、フィリピンなどのさらに賃金の低い国が台頭してきた。その次にはミャンマーなどがいる。当然日本企業としては、そこに進出することを考える。

そのときマザー工場になるのはどこか。もはや日本国内には教えることのできる人材は、残っていない。マザー工場というべき工場は国内には残っていないからである。したがって、中国工場をマザー工場として活用するしかない企業が多い。

では中国工場には、ベトナムなどにいって工場を立ち上げることのできる人材が育っているだろうか。私が訪問した企業では、技術面ではなんとかなるというところが何カ所かあった。努力の結果、一定の技術移転が行われ、少数ではあるが、人に教えるレベルの技術をもった人材が育っている。

だが、問題は、そうした中国人に、昔の日本人と同様に、家族と離れ、長期出張して、工場立ち上げまで頑張ることをどこまで期待できるかである。昔、日本の熟練工たちは、言葉もわからない環境に赴き、会社のために頑張ったのである。だから、中国工場は立派に立ち上がった。

つまり、多くの企業が、生産を中国に移転し、人的資源のシフトを行ったとき、企業が失ったのは技術だけではないのである。長年かけて培ってきた技術だけではなく、これも長年かけてつくりこんできた、会社のために頑張る従業員やコミットメントも同様に失ってしまった可能性が高い。そしてそれは必ずしも中国人のせいではなく、中国人従業員の心をきちんとマネジメントしてこなかったことが背景にある場合も多いだろう。回復にはかなりの時間がかかることが予想される。

今、人材という資源が、企業の構造改革や戦略転換における駒の一つになる傾向がある中で、経営者がこの資源のもつ複雑さを深く考えて戦略的な意思決定をしているか少し不安になるのである。

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