民間人で初めて年金制度に組み込まれたのは「船乗り」
しかし、戦争がすべてを変えた。
第二次世界大戦は軍人だけでなく、民間人を巻き込んだ総力戦体制となった。
民間人で初めて政府の年金制度に組み込まれたのは船乗りである。なぜなら、彼らは近代戦争の兵站管理上、重要な役割を果たす、海上輸送を担っていたからだ。
そのため、船乗りに対する充実した年金制度が整備され、医療保険制度と組み合わせた総合保険制度のはしりが構築された。
その後、総力戦体制が進展すると、工場労働者を対象とした年金制度が創設された。
この工場労働者には、当初、男性のみが含まれていたが、女性の動員も本格化した後には、性別に関係なく、適用範囲が拡大した。
このようにして誕生した制度が「厚生年金保険制度」である。
年金制度の目的は「総力戦体制の整備」
したがって、年金保険制度の目的は、「安定した総力戦体制を整備する」という戦争遂行能力の向上であったと言えよう。
また、別の側面として、年金制度に内包される強制貯蓄は、インフレ対策としての側面も期待されていた。
ただし、この強制貯蓄制度には、戦後に負の遺産が残置されるきっかけとなった。
厚労省の資料に面白い記述が残っている。
1988年発行の『厚生年金保険制度回顧録』の中で、花澤氏(初代厚生省厚生年金局年金課長)が語った言葉をそのまま引用しよう。