ジェームズ・ボンドになるとは、アスリートになることと同義

ジェームズ・ボンドに変身するには、作品ごとに約1年かかり、俳優にはほかの役には見られない要求が課される。ジェームズ・ボンドは映画界を代表するキャラクターであり、秘密情報部のエージェントを演じるのは、おそらくどんな俳優も引き受けたことがないほど、心身共にとても難しい。ジェームズ・ボンドになるとは、スクリーン上でもプライベートでもアスリートになることだ。

初めて会った日の夜、クレイグと私はステーキを食べに行き、ビールを飲んだ。彼は、ボンドがどのような外見で、どのように動くようにしたいかについて語り、「印象的で、堂々としている」というキーワードを使った。そのとき、私は計画を思いついた。夕食のあいだ私はメモを取り、クレイグのトレーニングメニューをつくるためにその場をあとにした。

初めて一緒に食事をしてから、クレイグがボンドになるために何をしようとしているのかがはっきりとわかった。まさにボンドのように容赦なく、彼は毎日毎日、文句も言わず、言いわけもせず、必ずやってきた。

「銃を長年扱ってきた腕に見えるように」とクレイグは望んだ

クレイグは私の計画を信じ、自分の健康状態とスクリーン上に表現したい肉体の実現を私の手にゆだねてくれた。

私たちは初めから細心の注意を払った。クレイグの運動能力が1%でも上がりそうなことがあれば、それを行った。彼のこだわりは並外れていた。たとえば、銃を所持しているとき、その武器をずっと扱ってきた前腕に見えるように望んだ。特に制作準備段階の短期集中トレーニング中、最後の数週間は大きな試合の前のボクサーのように激しく鍛え、レベルを一段階上げた。

映画の公開後、何年かたっても、いまだに『カジノ・ロワイヤル』の印象的な浜辺のシーンについて話してくる人がいる。クレイグが真のアクションヒーローらしく海から現れる場面だ。ボンドがそれほど力強い存在感を見せることはそれまでなかった。

私にとっては、同作品内で、ボンドが座面を切りとられたイスに縛りつけられ、マッツ・ミケルセン演じるル・シッフルに先端を固く結んだロープを使った拷問を受けるシーンのほうがインパクトがあった。そのシーンを強烈で生々しく、真に迫ったシーンにするために私たちは準備をした。

そのような状況ですら、スクリーン上のクレイグにはどこか印象的な、さらにいえば衝撃的といってもいいところがあった。これこそまさに、クレイグがワシントンD.C.での夕食のときに話していたことだ。

アストンマーティン
写真=iStock.com/simonbradfield
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