怠惰で何もしないのではなく、精神疾患なのではないか
そこまで話した妹は、家族のお金についても触れました。
「両親の預貯金(3000万円)は、今までぜいたくもせずにコツコツとためてきた大切なお金です。ですので、そのお金は将来の両親の介護費用に充ててほしいと考えています。そうすると、兄の一生涯の生活費まではまかないきれないかもしれません。兄はこの先、仕事をして収入を得ることが難しそうなので、兄自身が貯蓄をすることも期待できません。このまま何もしなければ、親亡き後、お金が足りずに兄は生活ができなくなってしまうかもしれません。そこで『兄は障害年金が受給できないか?』ということも考えてみたのです」
妹は、以前から兄はただ怠惰で何もしないのではなく、何かの精神疾患なのではないかと感じていたらしく、今回筆者のところへ相談に来る前に、障害年金についていろいろと調べてみたようです。
すると障害年金の請求をするためにはさまざまな書類をそろえる必要があることが分かりました。病院で書いてもらう書類、本人または代理人が書く書類、どの書類にどのような記載をすれば障害年金の受給の可能性が高まるのか。妹では判断がつきません。夫に相談を持ちかけようとも考えましたが、それはやめました。
夫は兄がひきこもった当初、心配するそぶりを見せていました。しかし、何年たってもひきこもり状態が改善しなかったため、夫は「わが子に悪影響を与えてしまう。もう義兄とは一切係わりたくない」と言い放ち、兄家族と接点を持たないようになってしまったからです。そのようなこともあり、夫も頼りになりません。
「はたして私(妹)一人で請求までこぎつけることができるのか?」
協力者が誰もいない妹は強い孤独を感じ「誰かに協力してほしい」と思っていたところ、筆者にたどり着いたそうなのです。
そこまで話を聞いた筆者は、妹に質問をすることにしました。
「事情はよく分かりました。障害年金の請求に向けて最初に確認することは『初診日がいつなのか?』ということです。初診日とは『その障害で初めて医師等の診療を受けた日』をいいます。お兄さまの場合、初診日はいつ頃なのでしょうか?」
すると思いがけない答えが返ってきました。
「兄は今まで一度も精神科や心療内科などの病院を受診したことはありません。これから病院を受診してもらおうと思っているのです」
「なるほど。そうなのですね……」
いくらきょうだいとはいえ、ひきこもり当事者を説得し病院に受診させることは容易ではありません。果たしてうまくいくものだろうか。筆者の心の中には一抹の不安が浮かんでいました。
すると妹は筆者の気持ちを察したかのか、次のように言いました。
「これから兄を説得し、何としてでも病院を受診してもらおうと思っています。私が何とかしますので、障害年金について教えくださいませんか」
妹は決意のこもった目で筆者を見据えました。そこからは妹の並々ならぬ覚悟が伝わってきます。
「分かりました。それでは、まず障害年金の請求に向けてクリアすべき3つのポイントから確認していきましょう」
筆者はそう答えました。